蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 中学生編4(春の日)

「有り得ないって言っといて」

ぱらぱらと、ノートをめくる。
どの箇所も、展開の書き方が綺麗で整っている。
変なところで几帳面だ。

「だよね」

気のない返事をした相手は着替えの最中だったらしく、上半身裸のままクローゼットを開けていた。
見慣れすぎて特に感想もないけれど、何か言うならもう少し筋肉付ければいいのに、と思った。

「ノート借りて行っていい? 後でちゃんと返すからさ」
「ん」

開けっ放しだったコーラを、ごくりと飲む。
細かい泡が、喉で弾けて通り過ぎる。
美味しいとは思わなかった。

視界の端に近付いてきたのが見えて、ベットが揺れた。
隣に着替え終わった春日が、右側に座る。この並び方は昔から同じ。

もう残り少なくなったボトルの中身を飲み干すのを、見るともなしに見ていた。
黒い液体を嚥下するたび動く喉元は、もうあたしと同じような造りじゃない。知らない間に、少しずつ変わっていく。
その内にこうやって勝手に部屋に入ったり、出来なくなる日が来る。

不意に春日がこちらを向いた。

「ね、泉ちゃん」

珍しく、真面目な口調。

「なに」

いつも通りの答えをしたあたしに、春日はいつも通りの顔をしなかった。

「橋田じゃなくって俺だったら?」
「は?」
「俺でも有り得ない?」

何を言っているのか分からなくて、聞き返そうとした言葉は、宙へと消えて行った。

すぐには、状況が飲み込めなかった。
ただ背中に感じるスプリングのしなりと、唇に感じる幾分冷たいコーラ味。

「――っ」

すぐ目の前にある、幼なじみの従兄弟。
たぶん、たった数秒。慣れない感触に戸惑い、じっと相手を見ていた。
全てが止まったように長く感じ、体は金縛りにあったように動けなかった。

今の、何。

「あれ。固まった?」

離れた唇の合間に、吐息みたいな台詞が漏れた。
確かに触れた、唇。

「な――」
「どうしたの」
「な、なにして――…っ」
「あ。もしかして初めてだった?」
「当たり、前…っ」

叩こうとした手はあっさりと絡めとられて、ベットに押さえ付けられる。
それからついでみたいに、唇を舐めとられた。

「何で、こんなこと…っ」
「何でって」

混乱する。そしてそれよりも。

「…むか、つく」

上から見下ろしてくる春日は明らかに優位に立った表情をしていて、何故だかあたしを不安にさせた。

「怒った?」
「わかってんなら、どいて」
「りょーかい」

あっけなく解放して、相手が起き上がる。
体にかかる負荷はなくなったって言うのに、動けない体。
それでもゆっくりと起き上がって、それから唇を拭った。

「なん…何、で」
「だって俺、泉ちゃん好きだし」
「は、」
「好きだよ」

唇が妙に熱い。
知らず内に手で押さえる。
少し濡れたそこは、初めての感触を覚えたみたいに、震えていた。

こいつが変なことしたからだ。最悪。
鼓動がうるさい。
静まれ、心臓。何なら止まったっていい。

こいつのせいだ。

真っ直ぐに見つめられているのに、あたしの目は相手を捉えず、混乱した頭の中を一生懸命整理するので精一杯だった。


【END】
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おわりです。
読んでくださった方、投票してくださった方、ありがとうございました〜。サイト掲載時は部分修正かけます。

2007年11月29日(木)
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