蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 ミステイク1

マヒロ(女子高生)
ハルト(マヒロの隣人、長兄)
ナツキ(マヒロの隣人、次兄)
シュウスケ(マヒロの隣人、次弟)
トーヤ(マヒロの隣人、末弟)

**********

綺麗なピカピカのキッチン。
整理整頓当たり前、調味料の類から調理器具の類まで、ピシっと並べられて性格がすっごく出てるような佇まい。

勿論、あたしの家じゃない。
うちのママは、こんな綺麗好きじゃないし。

「結構上手く出来たと思うんだけど」

ちょっと恐る恐る、と言う聞き方になるのは、恋して止まない相手だからだと思う。
いわゆる片想いだし。
少しくらい猫被るのは仕方ないってところ。トーヤあたりに言わせれば「乙女過ぎ」だの何だのと煩そうだ。

「食べないの?」

伺うように顔を覗き込めば、眉を寄せたシュウスケと目が合った。
今日は眼鏡掛けてない。家だからかな。
さらさらした黒髪が目にかかって、いつもと雰囲気が違って見えてドキドキした。

「いや、何コレ。お前マジふざけてねえ?」
「ふざけてません」

ダイニングに向かい合って座ったあたし達は、さっきからこのやり取りを何度か交わしている。いるんだけど、一向に進まない。

「…味見したのかよ」
「してなーい」
「アホか、それくらいしろよ」
「えー、面倒だもん」

思い立ったのは五日前。
友達の「この間さ、彼氏にお菓子作ったんだよね」なんて言う、些細な一言が原因だった。

普段全くやらないくせに、一生懸命作ったらしいそれは物凄く高評価を受けたらしい。
あたしとシュウスケは付き合ってるわけじゃないけど、でもそれっぽい関係ではあるわけだし、と考えた結果このキッチンに乱入することになった。

何で自分の家じゃなくって、お隣さんであるこの家かって言うと、うちのママよりハルちゃんの方がずっと料理が上手だからだ。

そのハルちゃんに教えてもらうこと、五日。
その成果が今テーブルの上にある、クッキーだったりする。

「ハル兄が教えてこれなわけ」
「だから、何度も言ってるじゃん」
「あーそ…」

何が気に入らないのか知らないけど、全然食べようとしない。
それどころか、手を出そうとすらしないってどうなの。
せっかく作ったのに、この態度は何なの。
そりゃ勝手に作ったのは、あたしだけどさ。
見た目もちょっとって言うか、わりとって言うか、良くはないけど頑張ったんだし。

『マヒロちゃんにしては…まあ、頑張ったよねぇ』

ってハルちゃんも言ってくれたし。
やけに笑ってたのも食べてくれなかったのも気になるけど、それはこの際忘れるとして。

「ねえってば」
「……」

何度かの要請で、ようやくシュウスケが手を伸ばす。
物凄く気が進まない、という気持ちが指先にまでありありと表れている。

確かに今まであたしの作った物で――言っても数えるほどしかないけど――美味しかった事は無いかもしれないけど。
何もそんなに嫌がらなくてもいいじゃない。

ゆっくりと口に運ばれる濃い茶色の焼き菓子を、じっと見つめる。

ぱり、と音がした。
さっくりではなくって、お煎餅みたいな音。
同時にシュウスケの寄せられた眉が、さらにきつく寄せられる。
何か言いたいけど、言えないようなそんな感じ。

「……」

ぱりぱりと噛み砕く音以外、全く静かな部屋。
みんな出掛けてしまって、他には誰もいない。

「どう?」

また覗き込んで感想を聞くあたしを、シュウスケがじっと見て、無言で手招きをする。

こっち来い、ということらしい。
何だろう。
頭の中に「?」を飛ばしながら、傍へ行った。

「わ」

途端に腰を引き寄せられ、シュウスケの方に倒れ掛かった。膝の上に乗る形になり、そしてそのまま。

「ん…っ」

強く抱き寄せられるようにして、唇がくっついた。頭を押さえ付けるみたいにしたせいで、キスしているって言うより『くっついている』と言う表現のほうが正しい。

腰を抱いた腕が痛いほど締め付ける。
無理矢理こじ開けた唇から舌が入り込んで、あたしは目を閉じた。

「――?」

ざらざらした異物感。口の中に細かい焼き菓子の破片が入り込んで。
途端に。

「にが…っ」

舌に広がる嫌な、苦味。まるで漢方薬。何これ、有り得ないくらい苦いんだけど。
思い切り突き飛ばすように、顔を離す。
耐えれない。
出してあったオレンジジュースを一気で飲み干して「にがいーっ」と叫べば。

「こっちの台詞だ、バカ」

と、シュウスケの低い声に遮られた。

「だって」
「だから味見しろって…つーか、わけわかんねえもん作んな。だいたいこれ何だったんだよ」
「…ココアクッキー」
「分量ちゃんと教えてもらってねえの」
「教えてもらったもん」

少しむせながら水を飲むシュウスケを見てから、クッキーに視線を落とす。
おかしいなあ。
ちょっとアレンジしたのが、駄目だったのかなぁ。

結局何が駄目なのかわからないままに、二度と食べないと言い切るシュウスケを前にして、がっくりと肩を落とした一日。

**********
(おまけ)
「ハル兄、ちゃんと教えてやったわけ、あれ」
「ああ、クッキーでしょ。ちゃんと食べてあげた?」
「すっげえ味してたんだけど、」
「あー…」
「あーって何。なんか思い当たんの」
「ココアパウダー大量に入れてるなあ、とは思ってたんだよねえ」
「パウダー?」
「ココアパウダーって、甘いんだと思ってたんだろうね、きっと。そりゃあれだけ入れれば大変なことになるね」
「…わかってんなら止めろよ」
「何で? 俺は食べないのに」
「……どういう理論だよ」

2007年11月25日(日)
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