舌の色はピンク
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2022年08月25日(木) 漫画を求めて三千里、一ヵ月検診、誰を守るのか

7時起床。雨。のち曇り。
妻と娘を寝室に残して一人居間へ。
洗濯、掃除、ゴミ出しを済ませて、8時に朝食。
ドライフルーツ入りヨーグルトとトースト。
寝る娘と寝転んだ妻と一緒にちょっとだけのんびり過ごして、
浜田山のTSUTAYAへ。
三月のライオンの続きを借りるが、
10冊レンタルにするために借りたかったハチワンダイバーが置いていない。
西荻の方の店舗なら置いてるかも…と電話で確認したかったが
向こうはまだ営業時間外だった。
ええいままよとここは借りず、退店。
ダイソーでiPhone用通信ケーブルを買った。
非正規にあたるのか、100円で買えるものを。
充電できるけど通信できないってありうるが…ものは試しだ。
OKストアで食材を買い、一度帰宅。
買ったもん冷蔵庫にしまって、今度は西荻へ。
結局こちらのTSUTAYAでもハチワンダイバーは置いてなかった。
まあ…連載開始からカウントすれば15年前だもんな。
代わりに何借りようと店内をうろつくも、ろくにない。
ない、ない…とひたすらウロウロして、
最終的には屍人荘の殺人を借りた。全四巻。
小説で読もうと思ってたものだけど
考えてみるとこの作品に小説的面白さを求めてるわけでもないしな。
単に知っておこうというだけなので。不純だけど。

帰宅後即昼飯に。
昨日の筑前煮温めて、さらに買ってきたカツオのサクを
酒と塩でリフレッシュさせたものを刺身にしていただく。
ウマイウマイ。

食後は読書して、たまに娘をあやしていた。
14時過ぎから一ヵ月検診の準備。
妻による授乳、荷物のまとめ、医者に聞くことのまとめなど。
その途中でラーメン作って食べた。おやつとして。
一杯を二人で分けた。
15時半に妻が抱っこ紐で娘を抱え、三人で一緒に出発。
車通りの多い神明通りを避けて、産院までは15分かけて到着。
入口で二人を見送り、僕は帰路へ。本を読みながら。

1時間ほどで連絡が入り、迎えに。
第一報として、やはり不整脈が見受けられるらしい。
詳しくは専門医へとのことで、病院を紹介してもらったとのことだ。
府中の。
遠いな…でもしかたがない。
行くとしたらタクシーとなる。
往復一万以上はかかるだろう。仕方ない…
ただ、その他は順調だったようだ。母子とも。
体重は4900gを越えたもよう。
身長は55cmくらい。順調も順調だ。

妻は帰宅して大分疲れてしまったようで、代わりに僕が調べるなどした。
娘は沐浴、その後妻がシャワーを浴び、
夕飯は牛丼に。
玉ねぎは多めにした。
添え物にキムチ。
これは酸っぱかった。
キムチって難しいんだよな…食べてみるまで分からない。
牛角キムチは無難に美味しいけど毎回それじゃつまらないし。
あとちょっと量多いし。

食後、泣きじゃくる娘をあやして、
妻が途中抱っこ紐で大人しくさせてくれたから僕はその間に風呂を済ませた。
出てみると義母からLINEが。
妻から電話をもらったようで、大分心配していらした。

疲れ果てた妻に今日二本目の棒アイスを食べさせて、
娘をあやしているうちにもう21時。
ちょっとだけ原神やったが、その最中親と電話。
具合はあまりよくないようだ。
患部は少しずつましになってもいるようなのだが、
自律神経がやられていてとにかく眠れないらしい。
精神安定剤や入眠剤も使っているものの、
どうしてもすぐ起きてしまうとのことで、
睡眠時間がろくにとれないからか声も疲れ果てている。
母は苦労人で、どんな苦境にあってもその無尽の闘志をたぎらせて
戦い抜くことで人生を渡ってきた人だが、
こうまで弱っているのは初めてだ。
今はちょっとでも攻撃的な人と相対したくもないらしい。
その点僕は母にはのらりくらりと応じてやれるので適任らしく、
来てもらいたいようだったから日曜日に時間をつくってやることにした。

僕はある時点から、妻…当時は恋人…と母の二人だけ守れれば
後はもういいくらいの構えでいようとしてみたのだが、
今は義母と娘が加わってしまっている。
母は介護一歩手前、娘は目が離せない、
という状況下においてもまだキャパは超過しないが
余裕があるかといえば心もとない。
余裕がある分には、それをつかって精神的充足、人間的成長、
社会善の実践などにあてられるのだが、
今は手一杯になりかけている。

比べてみると独り身というのは、
もうちょっといえば自分一人以外のことは
どうでもいいと切って捨てた孤高人というのは、
たしかに身軽ではある。
彼らは寂しさやいざというときの頼りの少なさと引き換えに、
重荷から逃れおおせている。
なるほど、独人貴族と子持ち苦労人が相いれないわけだ。
どっかで、ずるいとか甘えとか大人になれよとか、
そういった思想が湧き上がってくるのもうなずける。

社会思想的な考えでは、次世代を育み、
資源を継承してこそ成熟した市民だという意識が僕にはある。
「そういうもんだから」とする無理解的な圧力ではなく、
論理的に構築される妥当性がそこにはある。
子どもを作らない、作れない、作ろうとしない、育児しない人間が
劣等だとかでは全然なく、
ただそれを成立させるための個人主義を是認させるには
まだまだこの社会は未成熟であって、
そこんとこの「まだまだ」の加減が人によって随分差があるなと思う。


Twitter上で仮想敵と見なしているアカウントがある。
彼にはいろいろ問題はあるのだが、知性的、理性的ではあり、
先進的でもあり、ありきたりな刃では切り崩せない自己を確立してはいる。
最近になって彼は「真っ当な」というフレーズを使いだした。
これは便利な、ずいぶん強力な言葉だ。
漫画VSキーチ!で使われて、おおさすが新井英樹と思ったものだ。
ポリコレなんかが標榜してしまう「正しさ」は、
必然的に「誤り」という概念をも放出してしまう。
また、その理念は客観的な統一感をもった、極めてロゴス的な正しさだ。
だが「真っ当」という言葉は東洋的というか日本的で、
これを審理するのは客観ではなく主観と客観の間のわゆたい、
いわば世間となる。
理屈をすっ飛ばしてねじふせる強さがある。
だからこそ易々使うべきではない言葉であるはずで、
欠かしてはならない意識が条件のようにいくつも挙げられる。
その中でも重要なのは、統一感のない正しさという点だ。
ある一面での正しさでしかない。
自分が見ているこの世界、自分が立っているその世界、
自分が干渉しうる領域においての正しさに過ぎない。
統一された全面的な正しさではない。
だから人に押し付けてはならない…というんじゃなく、
真っ当という言葉を使った時点で、
自己を押し付けることにならざるを得ない。
論理性を放棄することにもつながるのだが、
例えばこの仮想敵アカウントはそのへんまで考えが至ってないから、
都合のよくいいとこどりで論を固めようとしているように見える。


22時過ぎ授乳、
そっから寝室へ行く前に23時から一時間かけてミルク、
この作戦が功を奏して、今夜はうまいこと眠ってくれた、
こちらも0時過ぎに就寝。


れどれ |MAIL