舌の色はピンク
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2022年01月07日(金) 雪道、自由恋愛の価値、気持ち悪さの学習

7時20分起床。
寝室のドアを開けてスグに
廊下から見える銀世界に感動した。

昨日の例があるから
大量のダンボール、ペットボトルを早めに捨てに行った。
地面は凍っている。
隣人が雪かきをしていたので挨拶してみたが
あまり余裕なさそうだった。

弁当はチンジャオロース。
酒、醤油を少しだけ温める。
チンジャオロースはもう毎回、
一食してから味付けをし直すその時、
つまり弁当時に完成をさせている。


妻は朝からカメラ撮影に精を出していた。
普段は寒い、眠いといって朝まったく動けない妻だが、
自身から発した動機づけさえあればいくらでも動く。
大して着込みもせずに庭に出てひたすらシャッターを切っていた。

僕は普段より早めに支度を終えた。
徒歩で向かうにせよバスで向かうにせよ、
こんな日にはどんなトラブルに見舞われてもおかしくない。
さていつもと比べて7分前に出発がかなうぞというタイミングで
庭先の妻から呼び出された。
雨樋の垂れ下がる大松の葉や枝にツララが連なっている。
これを見せたかったらしい。
なるほど呼び止める価値のある光景だ。
いいもん見たとホクホクしながら家を出た。


路面凍結は十二分の注意がいる。
バスで行くか悩ましかったものの、
車移動は車移動で、スリップ事故が危ぶまれる。
比べれば徒歩移動の方は気をつけさえすればいい。
雪道を歩き進めていきたい誘惑も手伝って、
のんびり徒歩で向かうことにした。

駅まであともう数分というところで下り坂。
踏みしめる雪もほとんどなく、
薄氷の張っている坂道はどれだけ警戒しても
警戒しすぎることはない…とペースを落としたところで、
真ん前におっさん…お兄さん?…
もう自分と同年代くらいの男性を
どう読んだものかワカランくなってきたな…
まあとにかくサラリーマンが真ん前に入り込んできた。
速度はほとんど変わらないが何分真ん前なので
正直ジャマだなあしかも片手に缶コーヒー持ってあぶなっかし
 あ
  ちょ あぶねってバランスあ あー
と思う間もなくころびなすった。
きれいに。スッテンコロリンと。
…でも手を差し伸べたところで支えがあるわけでもなし、
かえって引き上げようとするこちらも転びかねないだろうし
見て見ぬふりが彼のためかとスルーして
そのまま通り過ぎた。
その瞬間、通行人がまさに僕が諦めた
手を差し伸べて引き上げる動作を試みようとする光景が
ちらりと見えた。


電車は遅延なし。
中野駅からは地下鉄となるが
そこまでの3駅は高架の眺めだから
雪に埋もれた東京の街並みを一望できる。
しかしせっかくの雪景色であるのに
車中の人々はスマホいじりか
疲れ果てて目をつむっているかで
断然もったいない。
と、惜しがってる僕にしてみても
十数秒だけ景色に見惚れたあとは
日課のネットニュースを追うなどの
くだらない時間の世界に戻っていた。


無事に出勤。
ほとんど誰も遅刻しているようには見えない。
リッパなもんだ。


主人恋日記1巻。
少女漫画家を母に持つ陰キャ女子高生が
主人公という設定の少女漫画。
割と好きな作家だし、
自身が三人の子どもを育てる少女漫画家ということで
「恋物語の主人公とは」
を解き明かしていくギミックは面白いんだけれど、
結局は主人公の容姿がよく、
いわゆるヘンシンもの、
シンデレラものとなってしまうのは残念だった。

職場では、僕の隣の席にはもうすぐ40になろうかという女性がいる。
お世辞にもルックスが良いとはいえない。
化粧やオシャレでどうこうなるタイプでもなく、
骨格の時点でいびつ。
仕事ができる方でもなければ、
面白いことも言えない。
では寡黙孤立の人間独特の世界があるかといえばそうでもなく、
それなりに自発的なコメントは発するのだが
ことごとくが無味乾燥で頭に残らない。
強いていえば人並み程度の真面目さはあるといえる。
だがその武器一本で男性と恋愛関係を結べるかといえば、
実に厳しい。
人並みの真面目さは、今一歩で実直という美徳にもなり、
愛嬌一滴まじわれば健気という魅力にも通じるが、
この10年間その兆しも見えない。
もし自分が少女漫画の作者で、
彼女を主人公としたなら、を考えてみても、
納得のいく展開にはできそうにない。

こんな勝手な分析は彼女にとっては失礼極まる話で、
当人ならずとも不快になる人も多いだろうけれど、
僕には大事な問題意識なのだ。
「恋愛の価値」
「自由恋愛の是非」
「恋愛物語の位置づけ」
いずれも解決していきたい問い。


去年だか一昨年だったかの話題作、
転スラの漫画版を読んだ。最新刊まで。
全然おもしろくないな…。
いや、面白がることができなかったというべきなのか。
なはんて謙虚に日和るつもりもない。
中学生当時でも、つまんない扱いしていただろう。
正確にはあまり否定したくなるような要素もない。
イタイとか寒いとか下手だとかいうんではなかった。
ただなんにも感興を誘う要素がない。
ガキ向けにしてもお粗末だ。
いわゆる俺tueeeeee要素くらいしか見どころない。

ウシジマくんスピンオフの肉蝮伝説を読み始めてみた。
こちらも面白くない。想像通りの出来。
緩急がなくて初っ端からずっと暴力、非日常、凄惨だから、
本編であったような恐ろしさが全然感じられない。
非日常がスタートライン、話の基準になっちゃってて
もうまったく暴力的にも見えない。
こっから面白くなるのかしらん。


東京新規感染者数900人超え。ハイペース。
去年のピークはどのくらいだったかもう思い出せず調べ直したら
8月に連日5000人超えをしていた。
よく忘れてたもんだな。
危機意識だなんだって、結局カタチだけかい。


帰宅時には雪はかなりなくなっていた。
結局はほとんど人通りのある路地しか歩いてないってことだ。
街のスミッコを覗いてみればちょこちょこ残ってるんだけど。


夕飯は七草粥。
買っておいたセットを茹でて、
おかゆだと時間がかかるから
冷凍のご飯を温めてから煮立てたもの。
うんオイシイ。
名目通り胃に優しく
ホッとする感じがする。
しかし妻は食後、
七草粥はコレはコレ、コレはアレ、
と草の一つひとつを名指していくのが楽しみなのに
今年は食べるのに夢中でまったく忘れていた
と惜しんでいた。


昨日の友人夫婦の話の続きをした。
ちょうど最近考えていた問題意識に紐付けてみた。
たとえば企業家や政治家が大掛かりな不祥事を起こした、
そのニュースを見かけて
責任回避に必死だなと鼻白む場面は多い。
大体、そもそもの仕組みが
責任をとりにくい、責任を所在を分散している、
誰もが責任を逃れられるようになっている…ようになっていて、
少なからぬ人々が、そのシステムを白眼視している。

が。
誰にどんな問題が起きたって、
親しい間柄の人間…親友や、親、配偶者など…は、
あなたのせいじゃないよ、と
いってあげたいだろうし
いってあげるべきなんだろうし
少なくとも
そういえる余地はあるべきなんだろう。
とすると
誰か一人に、言い逃れできないように責任がのしかかるような仕組みは、
それはそれでよろしくもない…ともいえるかもしれない。
この観点は重要だ。
だがそれは結論ではない。
いろんな問題ごとに適用できるってだけ。

新型コロナが流行して以来
様々な言説が飛び交ってるけど
今ここで思うのは
「感染は常に誰かのせいにできる」点だ。
必ず誰かから感染したわけだから。
それは
「本当は俺は悪くない」にも通ずる。
その理非、是非はおいといて、
「俺は悪くないのに」という思いが発生しても全然不思議じゃない。
今回のケースに当てはめてみると、
夫からしてみれば、
「沖縄で誰かにうつされた」
という思いがあるだろう。
たとえば、
「俺は反対していたが友達の意向で滞在が長引いた」
「地元の人との接触は極力避けていたが向こうからグイグイこられた」
「米兵御用達みたいな場所に面白半分で連れて行かれた」
「やたら咳してるのにマスクつけてない奴がいた」
いくらでもそんな状況は考えられる。
そして
当人からすれば、
親しい人間には
「あなたのせいじゃないよ」
ととりあえず言ってもらいたいものだと思われる。
言われてから、いや自分も悪かったんだがと省みることもできようが、
真っ先にそのフォローがないと、きっと気分は害される、
というか心に余裕のないまま応答することになる。

…ってだけじゃなくまだ随分いろいろと考えたけど
いったんここまで。


妻は仕事が残っているとのことで
居間にノートPCを持ち込んで作業していた。
おえらがたの作成した公文書の草稿の書式が甘いと嘆いていた。
情報の整理法がなっていないとのことだ。
「キマリゴトとして駄目なわけじゃなかったとしても、
私はこの出来上がり、すごく気持ち悪い」
その気分はわかる。
そして、相手にもこれが気持ち悪いことなのだと感じてほしい、
後輩を教育しているとこの感覚はよくある、
それを気持ち悪いと感じるように教育していきたいっていう…
と継いでみると、
まさしくその通りだと妻は共感を示したが、
「これはいたるところであるよ。
人が人と関わっていれば理解と誤解と錯誤とが渦巻く。
その差の、間のところで発生するズレだから
もうめちゃくちゃいろんなところであるよ。
きみ相手だってそう。
例えば部屋に衣服が脱ぎ捨てられてるのを
ダメとか怒られるとかいう他律的な戒めじゃなく
まず気持ち悪いって思ってほしいっていう…」
「あ、よく言ってる。それよく言ってるね。
そっかあ。ウルセエなあ」
元気な口の悪さだった。


れどれ |MAIL