舌の色はピンク
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| 2022年01月05日(水) |
仕事始め、あきらめへの誘惑、未来からの開放 |
晴れ。 7時20分に目覚め。 休み明けでさすがに眠い。 ただそんな気力のなさを見越して 昨晩はキーマカレーにしたのだ。 弁当はご飯とキーマカレーを温めるだけでほぼ出来上がる。 ちょっとだけ醤油とオイスターソースを足した。
北朝鮮が日本海に向けて弾道ミサイルを発射したとの報道を 背に受けて家を出た。
仕事はほとんど何もない。 入ってくるはずの仕事が遅れているようだ。 弁当は美味かった。 うちの会社は基本的に各員曜日ごとの残業が定められている。 僕は月水金で今日は残業のつもりだったのだが 18時25分になってから 差し迫った仕事がなければ今日は18時であがってよかったことが判明。 先にあがっていた無能先輩が伝達できていなかったのだ。 それでも残魚無しであがれるならオイシイ、 ヨカッタヨカッタと穏やかに帰途についたのだが だんだんと苛立ってきた。 たかだか20数分のズレとはいえ 帰宅後のまとまった時間でとらえると 立ち回りに大幅な差が出てくる。 残業なら残業で、職場でできることはあったわけだし、 結果的に最も非生産的な時間の扱われ方となる決着をした。
19時過ぎに荻窪到着、 今日はうどんの予定だったところを差し替えて 豚バラと白菜と大根の煮込みにすることにして OKストアにだけ寄り19時半に帰宅、 ご飯も冷凍してあったのを温めただけで済ませたから 20時には飯が食えた。 テレビではテレ東の うちまで送っていいですか を久しぶりになんとなく見始めた。 ちゃんと見るつもりはなかったが途中から見入ってしまった。 代々木の一戸建てに住む69歳の男性。 家は広々とした日本家屋…のはずなのだが ゴミ屋敷と化している。 その中で、とくに不自由そうでもなく 明るく呑気に不衛生に暮らしている。 今は遺産だかなんだかで食いつないでいるが あと7,8年もしたらその金も尽きるんじゃないの…と笑っている。 別に死んでしまっても構わない、 おれを知ってる人間もいなくなっちまった、 親も妹も死んでしまって、 自分を知ってる人間がいないんじゃ、え、生きてる意味、ないじゃない、 という話には含蓄があった。
またその後、キングオブコントで優勝した 空気階段のなんとかモグラが まだほとんど売れていない5年前の時点で この番組にたまたま取材されていた映像を放映していた。 ギャンブルや風俗で重ねた借金が500万円あり 高円寺にある金のない芸人のための部屋に 先輩と一緒に暮らし 家賃14000円をたまに払っている… 彼が人間的にどれだけクズか、といったエピソードが語られていったが 結局は芸人の道で結果出してるわけで、 売れた今でも借金は何百万とあるそうだが これは掛け値なくカッコイイ、 どころかほとんど芸人の理想像なんじゃないかとすら思った。 大阪芸大の学費が払えずに退学したものの 落語研究会でお笑いを面白いと思い芸人を志す、 風俗のボーイなど勤めつつ 日用品などは先輩の世話になって あとは競馬パチンコしてその日暮らし… 才能がなければ落ちぶれていくだけの人生だったかもしれないところを 才能によってみごと開花させた。 いや結果は置いといても、まず捨て身になれる生き様が強い。 後先考えず…いや考えていたのかもしれないが世間一般からすれば捨て身で、 ゼロやマイナスの地点に身を置ける時点で、 ある羨ましさをもつ人は持つだろう。僕はもった。
原神の大型アップデート。 ダウンロードが遅々として進まない。 回線というよりPS4の問題かもしれない。 ルーターとPS4の両方を再起動したらマシにはなった。 その間に、だいぶ早めとなるが入浴することにした。 連日少しずつ読み進めている住まいのシェアについての本を今日も読む。 ベラルーシの長屋の事例が載っていた。 広場を中心に掘っ立て小屋が連なって、 ここで彼らは一時の共同体となり 生活用品や育児などを協同しているという。 音は隣人に筒抜けで会話はおろか夫婦の営みさえ丸聞こえ。 ただそれらは、聞いてないことにするという暗黙のルールがある。 一方で、子どもを打擲するような気配がしたなら隣人は黙ってはいない。 そういった生活模様が紹介されていた。 黒澤の どですかでん だったか タイトルも不確かだし本当に黒澤だったっけ?とも あちこち記憶あやしげだけど あの邦画を思い出した。 人間の暮らし、社会の在り方の、一つの真実があると思う。 別に現実問題ああいった生活がしたいわけじゃないが、 羨むようなところもある。 彼らは今を生きている。その日その日を。 経済観念は「未来」の観点を導入する。 ある未開の地では「今、ここ」という現実態を常に生きていると アルフォンソ・リンギスは説いていた。 吉見俊哉は大正時代の銀座を引き合いに 欧米から「未来」をまなざす視点を与えられたと論じていた。 どですかでんでバラック小屋に住む人たち、 冬には寒くて凍えて、 そうなると狭い部屋に敷き詰めた布団に 重ねられるだけ毛布やら掛け布団を …それもろくに洗われていない、ボロボロの、異臭漂うような布地を… ひたすら重ねていって、 あとはもうそこに包まって何もしないだろう。 それは現行社会が想定させる幸福像とはかけ離れている。 また当人にしてみても、 寒い、することがない、ただただ耐えるだけの夜 というのはどうにかして抜け出したい環境だったりもするのだろう。 それでも、今そのときだけを生きている。 その時空間の実現は、 どんな大豪邸に住まうよりも羨ましいと思えもする。 あきらめへの誘惑。 未来からの開放。
寝際、妻はiPadを楽しんでいた。 ドット絵を描けるアプリを試してみたところ感動したらしい。 画面の大きさと操作性、なによりペンで描けること。 これまでスマホ画面に指操作でチマチマ描いてきたわけだから 感動もひとしおだろう。 絵を描くとなればマウスで描いてきた僕にもよくわかる。
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