舌の色はピンク
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2021年11月18日(木) 朝から揚げものカツサンド、自己紹介


快晴。でも日中ににわか雨との予報。

朝っぱらからカツサンドをこしらえる。
妻のリクエストだ。
日がな訪れる吐き気にウェップとなりながらも
味濃いものを食べたいらしい。

まずは豚ロースを叩き塩を振り酒をなじませ、
数分待つ間にパットに小麦粉、別容器にパン粉、卵を用意。
フライパンに油を入れて熱する。
肉の水気を拭き取って、順ぐりに衣をまとわせる。
揚げる。
揚げている間にキャベツを千切り。
トーストを1分だけ焼く。
揚がった肉は油を切ってキッチンペーパーの上へ。
ここに時点でたっぷりウスターソースをかける。
マスタードに少量の砂糖とケチャップを混ぜたものを
トーストに塗りたくって、
キャベツを乗せて、カツ、またキャベツを乗せる。
しっかりつぶす。
パン切り包丁でカット。
ラップにくるんで出来上がり。
だがカットの前にもっと時間かけてつぶすべきだった。
形がいびつ。
でもめちゃ美味しそう。

その傍ら洗濯物も干したし、
朝食も用意して食べ、
燃えるゴミも整理して出して、
そっからキッチンをキレイにした。
えらいえらすぎる。


歯医者では前歯の小さな欠けを治療した。
これを削る際にえらいしみるので、
麻酔を二度打ってもらったが
どうにも効きにくい部位のようで
結局痛みに耐えて治療した。
先生は、我慢せず麻酔を重ねましょうかと言ってくれたが、
痛いだけで何も危険というわけではないんですよねと確認をとると、
そうですとの答え。
ならば問題ないと踏み切ったわけだ。
しかし身体の他の箇所の痛みと違い、
歯に関しては脳に危険信号が送られてるのが実感できる。
それをこうまで無視するのは初めての経験だった。
他に類を見ない、かなり怖い数分間だった。


昼休みが30分余っていたから
コーヒーを買ってカツサンドを食べることにした。
ただし前歯一帯に麻酔が効いているから、
ちょっとでも薄らぐのを期待して時間ぎりぎりまで
食べるのを待った。
この都合があるからいたずらに麻酔を重ねなかったのだ。
美味かったね、カツサンド。
いや麻酔のせいで味わいきれなかったけど。
カツサンドにコーヒーは正義だな。
虎に翼とはこのこと。

うちの会社は15時に15分休憩があるから
そのタイミングで
一切れだけ残しておいたカツサンドを改めて味わった。



夕飯はもつなべ。
スーパーで売ってる、キャベツとニラ足して
茹でるだけのパックのもの。
麺つゆとみりんをやや足した。
もんくなく美味しかったが、
妻の方は、食欲はあるものの食事自体が疲れるようで、
一部を残していた。

食後、オーケーストアへ。
妻の要請に従いレモン果汁入り炭酸水を大量に買い込んだ。
妊娠で酸っぱいものが食べたくなるというのは、
まぁ人によって差があるのだろうけれども、
単に吐き気めいた気持ち悪さがあるから
サッパリしたものを摂取したい、
またはそれ以外のものが摂取しにくい、
程度の消極的理由なんじゃないかとかねてから推量していたが、
妻の場合はまさにそれのようだった。
ついでにバターだの調味料などを改めて買った。
このお店は本当に安い。し、レジ前に列もない。
自宅からは自転車で3分。きわめて優秀だ。
ただ今日は、サバをおいていなかったのがショックだった。
明日の食材にほしかったのだけど、サバ。
しかたない…か。
21時閉店で来店が20時40分だもんな。
でもほかの魚は軒並みあったのにな。サバ…。サバ…。

帰宅後、妻にリンゴを出してからちょっとだけPCをいじり、
一緒に一冊だけかぐや様を読み、
入浴してバナナジュース入れてとらドラを観た。
近頃のルーティンになってる。


昨日の続き。何者かであること。
クラス替えした初っ端とか
あるいは飲み会とか、
なんらかの集まりに加わたりたての時点で発生する
「自己紹介」。
要はあれがイカンのだ。
名前、趣味、好きなナニナニはと言って、
箇条書きできる意味内容を説明していく。
あんなものは自己紹介ではない。
あれは話題の因子を提供しているにすぎない。
その点で機能は果たしているが、
あれを自己紹介と呼び習わすのは悪しき慣例だ。
自己紹介ははじめにやってそれっきり、ではなく、
人と接する限りずっと、人は
「自己紹介し続けている」。
人の性質は静的ではなく動的なのだから。
情報じゃなく、目の前にいるその人を見ること。
説明じゃなく、今ここにある自分を見てもらうこと。
データは死だ。
死ぬ、という動詞的な死ではなく、
生きていない、という名詞的な死。

そっから連想して。
女を口説くためのテクみたいなマニュアルで、
まぁ今でもあるのか知らんけど、
いにしえからの典型的な常套手段で
「夜景の見えるレストラン」
がある。
もっと今どきらしいふさわしい例もあるだろうが
いかにも象徴的だからこれでいく。
もてない男が落としたい女を
「夜景が見えるレストラン」に連れていく。
そういうものだからと信じ込んでいく。
これが、データの死の例だ。
生きていない。
手段と目的の転倒がある。
演繹と帰納の取り違えでもある。
これは単なるマニュアル否定よりも根が深い。
…はずなのだけど思考が足りていない。
相手を見てないぞーとか
状況と条件だけセットしたって場が生きてねーぞーとか
これじゃ典型的なマニュアル否定どまりでは?
出直してこよう。


時間、時間、時間。

小説読みたい。本読みたい。ゲームしたい。
映画観たい。アニメ観たい。漫画読みたい。
絵を描きたい。
文章描きたい。
部屋をきれいにしておきたい。
部屋の整理をしたい。
東京都史をまとめて考察したい。
散歩したい。買い物したい。
友達を家に招きたい。
レシピ新作にチャレンジしたい。
ケーキ焼きたい。
庭でホウとまろびたい。
食べたい。考えたい。

「眠りたい」が入らないのが幸いだ。
ただそれだけに、睡眠時間は確保しておかないと、
知らぬ間に身体が弱りかねない。


れどれ |MAIL