<日刊 岡村>
DiaryINDEX|past|will
夕方、座間市長選挙で新人の小田哲(あきら)陣営の事務所を訪ねました。近隣の自治体にも新しい風が吹き始め、その結果しだいではこの相模原市にも波及効果があるか関心があったからです。現職の星野市長は62歳で高齢と言うわけではなくこれまでの流れで特に大きな失政もない。
されど5期20年に渡り市長を務め、今度で6選目を果たすと24年。さすがに多選(通常4選目以上)の弊害・・・官民(市長・市議・職員・業者)の癒着、馴れ合い、談合が目立ち始めそろそろ市政の刷新が期待されていました。
当日あいにくの天気で投票率の伸びがやや懸念されましたが前回並みの52.17%。ただ見るとああ、そうかとなりますがちなみに前回相模原市長選挙の投票率は28.68%。3人に1人も投票していないのです。いかに政治不信と同時に市民の政治に対する無関心ぶりが進行しているかが良く分かります。周辺自治体、例えば町田市・津久井4町・大和市などと比較しても突出しています。
この市民の政治に対する無関心を良いことに行政は津久井との合併に住民の意思を確認することなくどんどん既成事実を積み重ね邁進しています。許せないのはそれに嬉々として協力している人達、しかも政治家の方達がいることです。今回の合併の暁には10年後に514億円に及ぶ合併特例債の償還で相模原市は財政破綻を起こします。
それはほんの少し想像力を働かせれば分かることです。それに気付かない、気付いていてもそれより近隣ということの親近感の方が優先してしまう。単なる情緒的な感情と相模原市民の将来的な幸せと一体どちらが大切なのでしょうか。
選挙の時に「市民が主役」とか「明るい社会をつくる」なんて言っておいてまさに嘘ばかりです。財政破綻した都市住民の心は明るいのか?自らの息の掛かった人物や合併賛成の人物だけを集めた将来のまちづくりビジョン検討委員会や合併協議会を開催し、出来レースの議論を行っただけで住民投票も行わず、自治体合併を行ってよいのか?市民が主役どころか全くの「住民不在」です。
そして行政が暴走した場合、それをチェックすべき議会は大政翼賛会と化し、市長が賛成すれば「賛成」、反対すれば「反対」する。こんなことなら別に議員でなくても誰でも出来ます。年間1,260万円もの歳費(給料)をこの方達にお支払いする必要はなく、時給1,000円のアルバイトを市長と同一意見の投票要員として雇用したらどうでしょう。行政コストを大きく引き下げることが可能です。相模原市では市長は多選ではありませんが座間市以上の官民(市長・市議・職員・業者)の癒着、馴れ合い、談合が深刻化していると言わざるを得ません。
民主党の河村たかし衆議院議員が書いた「国破れて議員あり」と言う本によれば「自民党だ、民主党だと言っても地方議会に行くと結構お互いズブズブでやっている。民主党が与党を占めている議会でもかなり無茶苦茶やっている地域もある。そこにあるのは政党間の争いではなく、本当は議員・役人天国対住民の構図であり、職業政治家を根絶しボランティア議員にならないと政治は浄化されない」というもの。「政治は奉仕」と言うわけで確かに考えさせられました。(もう4回くらい読み返しています・笑)
ところでタイトルの座間市長選挙では小田候補は現職に今一歩及びませんでしたが演説で「もし今回自分の試みがダメだったとしてもその精神は必ず誰かが引き継ぐ」と言っていました。私もその精神を継承したいと思います。
岡村まさお

|