| 2008年07月17日(木) |
この日は忘れてはいけない |
今日の失敗に関してはもう何もいうまい。 だが忘れてはいけない。 もっと失敗に対して恐れを抱かなければならない。 私がなにか失敗するということは、 それだけ周りの人間の人生に損害を与えるということ。 それを今一度自覚せねばならない。 気を抜きすぎた。 そう、やはり私は自分のことばかり考えているような木偶なのだ。 いや、もう何も言わない方が良い。
ただ、私が生きていたらこの程度の迷惑をどれだけ周りにかけるのだろう。 そればかり考えてしまう。
迷惑かけないように頑張ってみる。 いつか治るとする。 仮に自己実現とか、そんななんか響きの良いものが叶うとする。 けどそれまでは確実に迷惑かけているわけで。 まぁ生きてる限り誰かに迷惑かけるのは当たり前で、 その恩返しをするのも当たり前なんだけど 割に合ってない 確実に周りが損ばかりしてる そして私も磨り減っている
それってどうなの。 直す直すってどれだけ言い続けたか。 私は私が評価するほど善い人間ではないらしい。 違う 私の評価する以上に出来の酷いものらしい。
良いものが努力すればさらによくなる。 出来の悪いのが努力しても並にしかならない。 それはあまりにも労力がもったいない それなら無慈悲に切り捨てて、素質のある奴だけ育てればいいのだが、 それが自分となるとそこまでの勇気はない。 そこまでの? いや、諸々の勇気がない。 だからこうやって心を閉ざしているんだろうね。
どうして、私の言葉は伝わらないのだろう。 いや、話を聞いてくれないとかじゃなくて、 どんなに工夫して話しても 歪んだ形で捉えられてしまう。 ん〜、もしかしたら自覚がないだけでそれが本質なのかもしれないけどね。 まぁ確実に自分の思ってることとか伝えたいこととは違うから、 それはやっぱ伝わってないってことなんでしょう。
己を否定されるのが怖くて、 大抵は相手に理解される程度に話してしまう。 …結局「それは分かるんだけどさ」で終わることが多いけど
というか最近思ったんだけど、 俺って理屈より感情で動くから 大抵の場合は理由はないんだよね、きっと 反応したというか、反射というか で、後になって説明する際に自分自身でも 何でこうなったのかなーって考えて 理屈を後付けするのが2割くらいはある気がする。
まぁ考えてはいるだろうけど、 そんな咄嗟に考えたこといつまでも覚えてられない。 しかも自分にとってはそう考えるのが当たり前だから 説明求められるとできなくなったり。 で、言い訳っぽくなって って最悪だな。
人と調和するために生きてる結果がこれですか。
あーやっぱみんな俺と関わらない方がいいよ。 浅い付き合いが一番。 それ以上踏み込むときっと損して終わり。
俺がもう少し与えられる人間になれば深く関わってもいいけど それまでは割に合わないよ?
もっと頑張んなきゃ。 なんだかんだいって自分のことばっかりじゃないか。
けどみんなそうだろうな。
違いといえば 如何にしてエゴイズムに高尚な理由をつけられるか
それくらいなもんで。
あーこの気持ちもこの失敗もいつかきっと忘れる
簡潔に言おう
私の所為で合唱コンクール出場できないかもしれない できたとしても、 多くの人たちに多大なる迷惑をかけたことは言うまでもない
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