歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2006年05月16日(火) 髪の毛が少ない患者さんへの悩み

歯科医院で歯の治療を受けられた方はよくわかると思うのですが、歯の治療を行う際、多くの場合、患者さんは診療台の上に仰向けに寝てもらい、口を開けます。術者である歯医者は患者さんの頭頂部に位置し、患者さんを上から覗き込むような形で治療を行います。このような診療スタイルを水平位診療というのですが、歯医者が長時間にわたり何人もの患者さんの歯の治療を行うには最も体の負担がかからない診療スタイルだということが言われています。

僕も普段の診療はこの水平位診療で行っているのですが、この診療スタイルでは他人と接する際には考えられないようなことが起こることがあります。その一つが患者さんの頭頂部が僕の腹部に直接接触するということです。他人と話をする際、ほとんどの場合向かい合って話をするものです。向かい合う相手に対して接触するということは何かの意図がない限りありえません。特に頭頂部となると、日常生活においてその頻度はほとんどないと言っていいのではないでしょうか。ところが、歯の治療のために水平位診療を行っていると、患者さんの頭頂部と接触する機会が必然的に多くならざるをえないのです。頭頂部と接触するだけならまだいいでしょうが、接触することにより思わぬことが起こったりするのです。

先日のことでした。ある患者さんの治療を行っていました。治療の途中、ある器具を診療台の近くのキャビネットから取り出そうと診療台から離れようとしたその時でした。何かが僕の腹部に付いてくるのです。付いてくるというよりもまとわりつくと言った方が正しかったかもしれません。一体何だろうと思い、自分の腹部を見た僕の目に映ったものは、髪の毛でした。単に髪の毛だけであればよかったのですが、治療を受けていた患者さんの頭頂部は髪の毛の数が少なくなっている、所謂バーコード状態だったのです。どうやら患者さんの頭頂部と接触した僕の白衣との間に静電気が生じたようで、患者さんの残り少ない髪の毛が見事に僕の白衣にまとわりつき、まるで”怒髪天を突く”ような状態へ様変わりしていたのです。その患者さんは頭に整髪料を付けていなかったこともあり、静電気によって髪の毛が他のものにくっ付きやすい状態にあったかもしれません。しかも、僕の腹部の白衣が診療することによって何度も患者さんの頭頂部に接触するということが起こることにより、見事に髪の毛が僕の白衣の腹部に付いてしまったのです。

誰でも年若き頃、頭の上にセルロイド製の下敷きを何度も擦りつけると、下敷きに生じた静電気により髪の毛が持ち上がるということを経験されたことがおありだと思いますが、今回の場合、まさしくその状態が診療によって再現したようなことになります。

仕方がないことでしたが、僕は白衣についてきた髪の毛を自分の手で払い、取り除いたわけですが、結果として僕が見たものは、患者さんのヘアスタイルの乱れでした。ある程度櫛を入れて整えていたであろう患者さんのヘアスタイルがまるで寝起きのような乱れになってしまっておりました。こういった場合、患者さんにどう言ったらいいのか考えますね。不可抗力だとはいえ僕のせいで患者さんのヘアスタイルを乱すことになったわけですから。かと言って、まともに髪の毛が乱れたことを患者さんに直接伝えるのもはばかれます。髪の毛がバーコード状態であることは患者さん自身一番ご存知のことですし、そのことを気にしている場合が多いわけですから。僕としては他人が体のことで気にしていることを面と向かって言うことはできません。最終的に僕がその患者さんに髪の毛の乱れを伝えたのは、診療が終わって治療の説明をした後のことでした。

「帰られる前に洗面所の鏡を見てから帰ってくださいね。」

洗面所で乱れたヘアスタイルを自分で直されて帰宅されたことを願った、
歯医者そうさんでした。


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