My life as a cat
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2011年02月12日(土) Harry and Tonto

同僚から安価な市販のキャットフードがどんなに粗悪かという話を聞き、手作りごはんをあげたらどうかというアイディアが浮かんだ。ペットに手作りごはんなんてぱっと聞いただけだと過保護極まりないイメージだが、しっかり計算してみるとそのほうが安価な市販のキャットフードより更に安上がりだし、添加物も入っていない、何より自分が食べられるものを猫にあげるという安心感がある、いいことづくしだ。さっそく鰯を一尾調達してきた。骨を慎重に抜いて、小さく切って、クロエの大好物のさつまいもと一緒に水煮にした。煮えたらフォークでつぶしておかゆ状にして出来上がり。猫肌に冷ましてあげると、もうただならぬがっつきを見せて喉を鳴らして食べてくれた。残りはアイスキューブにして保存した。手作りごはんとScience Dietを併用して与えることにしよう。

"Harry and Tonto"という古いアメリカ映画を観た。ハリーは白人の老人でトントは茶白の縞柄の老猫だ。ハリーは生まれも育ちもハーレムでその町こそが我が家だったが、区画整理にかかり家を強制退去させられることとなり、愛猫のトントと子供を訪ねてシカゴまで旅することとなる。飛行機ならひとっ飛びだが、空港でトントの入ったバッグを�樟�に通すのが嫌でバスや車での旅となった。道中、ティーネイジャーのヒッチハイカーを車に乗せ、フッカーに迫られ、怪しい物売りにあい、初恋の人に会いに行き、一晩刑務所にも泊まる。新しい人々と体験の日々の中、ハリーは自分の人生を振り返ってはトントに語り歌をうたってやる。この映画でよかったのは、このトントに映画のためのあまりにも愛らしいしぐさや奇跡をもたらす猫のような演出などなくて、小便をさせるのに長距離バスから降ろしたらどこかに逃げて隠れてしまうような本当に自然体の"ただの猫"だったこと。そしてハリーもよかった。職を失って一文無しで自殺まで考えていた息子と再会し、一緒に悲嘆するくれるわけでもなく、金を貸すでもなく、
「みんな独りだ。おまえと一緒に暮らすなんてまっぴらだ。お互いに自分のことは自分でなんとかしよう。」
というようなことを言う。また友達が死んでもトントが死んでも泣くこともせず、さよならを言うとさっさと去っていく。冷血というのではなくて、生命はいつか尽きるものとありのままを受け入れるように。決して猫だけを頼りに心細く生きる老人なんかではない。運命を嘆くでも後悔するでもなく、丸ごと受けいれたような毅然とした老人と毅然とした老猫が、"相棒"のように淡々と人生を旅する姿にじわりじわりと人生の豊かさと温かさが伝わる映画だった。


Michelina |MAIL