プラチナブルー ///目次前話続話

神谷詩織との出逢い
April,29 2045

バー『雀(すずめ)』の2階にある6畳一間の部屋。
カーテンのない窓から、午後の日差しが射し込んでいる。

「龍正、しばらく店を空けるから留守番を頼んだぞ」

ぼさぼさ頭にヨレヨレのシャツ、無精髭が定番の椎名景次(しいな・けいじ)が、
珍しくブレザーに袖を通して、鏡の前で髪に櫛を入れながら声をかけた。
サラリーマンの出勤前というよりも、ヤクザの事務所の前にいるオッサンにしか見えない風貌。

「ん?景次さん、どのくらい?」
「そうだな・・・1週間位で、例の物が見つかるといいが・・・」
「例の?・・・ああ、三上さんの話していた全自動卓ってシロモノ?」
「おう。10年ほど前に全部持っていかれちまったからな」
「へ〜昔はたくさん持っていたんだ」

龍正は眠そうな目をこすりながら、興味深そうに体を起こした。

「ああ。三上ちゃんが博多に行くってんで、一緒に車に乗せて貰うことになった」
「博多か〜 俺も行きたいな〜」
「そうしてやりたいが、店も開けとかなきゃいけないからな。飲み物くらい作れるだろう?」
「うん。しかし何でまた、店の卓を持っていかれちまったのさ」
「ああ・・・お前がランドセルしょってた頃に、店にいた繭香って女、覚えているか?」
「うんうん。確か、長い髪の綺麗な人だったね」
「ああ」
「兄貴と遊びに来ると、いつもスパゲティを作ってもらったよ」
「そうだったかな」

景次は押入れのダンボールの中を物色しながら、ネクタイを選んでいた。

「その繭香が、店を出したいと言い出して、保証人になっちまったのが悪夢の始まりだった」
「・・・店がうまくいかなかったのかい?」
「ははは、店を出すどころか、男を作って借金だけ残して、どろんってわけさ」
「あ〜あ〜酷い話だ。で、店の物を全部、持っていかれてしまったんだ」
「ああ。その時に、店の権利書まで持っていかれちまうところを、三上ちゃんに助けてもらったわけだ」
「へ〜 怖そうな顔して、いい人なんだね。三上さんて」
「あはは、馬鹿ヤロウ。ヤクザにいいも悪いもねえよ」

苦笑いしながら、景次は青いネクタイを選んで身支度を整え終えた。

「ははは。景次さん、そのネクタイ似合わないよ」
「ん? そうか? じゃあ ネクタイは無しでいいや」

『ごめんくださ〜い』

階下から、若い女の声が聞こえてきた。

「あ、そうだ。今日、面接の予定だったんだ」
「店の?」
「そうそう。お前に頼むつもりだったから、すっかり忘れていたな」
「俺ひとりでも大丈夫だよ」
「まあ、そういうな。麻雀したい客が来たらお前が相手しなきゃいけないし、
店にもう一人いたほうがいいだろう」
「・・・そりゃそうだけど」

龍正は他人と関わるのが面倒くさそうに答えた。

「じゃあ、俺は店に下りて面接してくるから、お前も着替えたら降りて来い」
「・・・うん、わかった」

景次が降りていくと、龍正は煙草に火をつけ窓を開けた。
窓の下の路地裏では、学校帰りの学生たちが歩いている。

「制服組か・・・もう2年になるのか」

龍正は着替えをしながら、階下に見える学生たちを見て様々なことを思い出していた。

椎名龍正 19歳。
高校2年の時に、飲酒と喫煙による停学中に暴力事件を起こしてそのまま退学。
エリート官僚の父親とは普段から馬が合わず、その事件をきっかけに喧嘩し家を飛び出す。
もともと交友関係の狭いタイプで、友人も少なく、
1人暮らしの叔父、景次のところへ転がり込んで2年近くになる。

堅い家系の椎名家の系譜にあって、飄々としている景次にだけは幼い頃から気が許せた。



「じゃあ、神谷詩織(かみやしおり)さん。給料は月末に現金払いでいいね」
「はい。よろしくお願いします」
「ああ、それと住込みのスタッフが2階にいるから紹介しておこう」
「あ、はい」

「おーい。龍正、降りて来い」

景次に呼ばれ、龍正は2本目のタバコの火を消し階段を降りた。

階段は麻雀卓が1台おいてある1階奥の部屋に続いている。
その部屋には、店内のカウンターの後ろに通じる小さな扉があるだけで、窓はない。

「おまたせ」

龍正はカウンターから現れるように挨拶をした。

「こちらが、今夜から働いてくれる神谷詩織さん。19歳、学生さんだ」
「こいつは、甥っ子の椎名龍正。19歳、元学生だ」
「よろしくお願いします」

肩にかかる長さの茶髪に十字架のピアス。
オレンジ色のリップに同じ色のマニキュア。
少し切れ長の大きな瞳が年齢よりも少し大人びて見える。

「よろしく」

龍正は理由もなく、同世代の女性に対してぶっきらぼうになってしまう自分に気づいていた。


『パパ〜ン』

路地裏から聴こえるクラクションの音。

「三上ちゃんの車だな。じゃあ俺はしばらく出張だから、仕事のことは龍正に訊くといい」
「はい。いってらっしゃいませ」

詩織は入り口に向かう景次を笑顔で送り出した。

「じゃあ、詩織ちゃん。頑張って」
「はい」
「気をつけて」

龍正も声をかけた。

「ああ、次に打つ時は全自動卓だ」
「うん。楽しみにしている」

扉の前で振り返り、景次は笑いながら龍正に声をかけた。

それが景次の最期の言葉になった

目次前話続話
Presents by falkish