プラチナブルー ///目次前話続話

研修と旧友
April,15 2045

『それでは8回戦の集計を致します。これから60分間の休憩を挟んで、15時50分に、この場所に集合してください』


担当官のアナウンスとともに、会場にいる64名からどよめきが起こった。
経済産業省青山研修所の地下2階で行われている新人研修1日目。

椎名遼平は20度ほどリクライニングする座椅子に背中をつけ、両腕を天井に向けて伸ばした。

「あ〜〜」

背伸びに近い緊張の弛緩。
部屋中がそんな緊張のほぐれた後の皆の声でざわめいた。

「遼平、調子はどうだ?」
「1階のラウンジでコーヒーでも飲むか」

背中越しに声をかけてきたのは、同期入省の河合晃一と、光宗陽介だ。

「8回戦、1度もあがれなかった。あがり方を思い出せね〜」

遼平は頭の後ろで腕を組み、椅子を180度回した。

「1度も?そりゃ酷いな。陽介は?」
「俺はトップ4回、2位が2回、3,4位が1回ずつだった」
「俺は3-3-1-1だ。陽介に負けた〜」

河合晃一は、リストバンド型の携帯端末の画面を指で、2,3回押しながら、自分の戦績を陽介に見せた。

「8回戦目、41,000点からまくられているな」

光宗陽介は、晃一の左腕を自分の目の前に持ってきて画面を覗き込むと、笑いながら腕を放した。

「遼平の戦績も見せてみろよ」

今度は晃一が、遼平の左腕を掴む。

「なんだ、こりゃ」
「25,000点持ちの2位が8回?」

陽介と晃一が呆れた顔で、椅子に座ったままの遼平の腕を放すと、
先ほどまで遼平が打っていた卓の状況を確認するように台を1周した。

「この手で槓(カン)?」
「というか、四槓流れじゃん。これ。」

「そうなんだよ。ドラの白が4枚来たから槓したら、『流局!』だってよ」

遼平は残念そうに、卓上の白を人差し指で叩いた。

「おいおい、遼平、こっちは国士無双の1向聴(イーシャンテン)だよ」
「こっちは東ドラ7だぜ。あ、こっちはメンチン聴牌してるし・・・」
「あはは、どうりで3人とも舌打ちして、睨み付けていったわけだ」

遼平は卓の前で呆れる2人を、ラウンジに誘うように天井を指差した。

「さあ、上に行こう」


1階にあるラウンジは、すでに満席だった。

「ついてないな〜 そういや別の組の研修もやってるんだ、ここ」

晃一が、ラウンジから出てきた。

「3階にも喫茶があるよ。そこに行こう」

陽介が左腕の画面で検索して見つけたようだ。

3人はエレベーター前の人だかりを横目に、階段へと続く扉を開いた。

「なあ、遼平。今日の実技試験の結果で俺たちがどうなるか知っているか?」
「いや、全くわからない。陽介は知ってる?」

遼平は手すりに置いた左腕で自分の体を持ち上げるようにして昇っている。

「うん。ゴールドリーグにいる一郎先輩の話だとさ、新人研修での合格率1割位らしいんだよ」
「1割? たったの5,6人?」

晃一が踊り場で振り返り、陽介に尋ねた。

「3年前の先輩の時の話だよ」

陽介が苦笑いで答える。

「落ちた人はどうなるんだろう・・・」

遼平が、不安そうに呟いた。

「受かるまで、ずっと裏方で仕事をしながらチャンスを待つらしいよ」
「裏方か〜 遼平はそっちの方が向いてるんじゃないのか?」

晃一が、冷やかしながら笑う。

「そうかもね〜」
「おいおい2人とも、裏方ってさ、研修生扱いだから、給料バイト並みらしいぜ」

陽介が呆れた顔で2人を見つめて続けた。

「それにさ、ブロンズで年収8000万、シルバーで2億。ゴールドだと年収5億だってさ」
「げげ、本当かよ、それ」
「ああ。だから俺も早くプレーヤーの仲間入りしたいんだよね」
「うわ。俺も気合入ってきた〜」

遼平は、盛り上がる陽介と晃一の話を聞きながら、ますます自分のテンションが下がるのを感じていた。

「それにさ、先輩の話だと、プラチナリーグっていう一般には非公開のカジノもあるらしくてさ」
「プラチナ? まだ上があるのか?」

「うん、なんでもプラチナリーグ入りすると、国家からプラチナカードを貰えるらしい」
「カード?」
「そう、口座は国家管理のカードで、無尽蔵に使えるらしいぜ。あくまでも噂だけどね」
「すげえ、すげえぜ」
「なんでも去年、ゴールドリーグ唯一の女性が突如失踪して、噂じゃプラチナに行ったとか・・・」
「女?」
「・・・名前、なんだったかな〜 先輩から聞いたんだけど」

「は〜 なんだか、気の遠くなる話だな〜」

ため息をつきながら、遼平は2人の後を続いて階段を昇る。


3階にある喫茶『フォア・ローゼス』には空席があった。
春の日差しの差し込む窓際の席に案内された3人は、手渡されたおしぼりを受け取った。

「まなみちゃんか。かわいいね〜」

グラスを3個持ってきたスタッフの名札を見て、晃一が声をかける。
はにかみながらお辞儀をして、オーダーを取る目の前の女性スタッフ。

「まなみ・・・まなみ・・・違うな〜」

陽介は女性の名前を呟きながら首を捻っている。
何かを思い出そうとしているらしい。

「俺、キリマンジャロね」
「じゃあ、僕はモカ」
「モカ?モモカ?・・・違うな〜 あ、俺はビール」
「銘柄はキリンで良いですか?」

不思議そうに陽介に尋ねるスタッフ。

「まだ何か考えているし、陽介の奴」
「あはは、よほど気になるらしいね」
「そういや、こうして会うのも、遼平の結婚式以来だな。
奥さん、とてつもなく美人だったな〜 一体どこで見つけたんだ?」

晃一は、まなみの後姿を名残惜しそうに見ながら、おしぼりで顔を拭いている。

「お見合いなんだよ。そりゃ一目惚れだよ」
「だよな〜 むちゃくちゃ綺麗だったもんな〜 ほら、名前なんだっけ」
「ん、円香だよ」
「あ〜〜〜 MADOKAだ。それそれ。MADOKAだ。名前」

喉の奥に引っかかっていたものが取れたように興奮気味に、陽介がおしぼりでテーブルを叩いた。

「ん? どうした陽介」
「ほら、行方不明になった女性の名前だよ」

(MADOKA? プラチナ?)

遼平は頬杖をつき、窓の外の鳥が羽ばたく様子をただ眺めていた。

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