今日のブルー
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2010年07月26日(月) 海の童話〜波〜



昔書いてみたものをちょうど夏に思い出して置いてみます。
海に行きたいです。
うちから近い海の水は真っ黒なのでちょっと青い海が懐かしい。












昔々、その海辺にはいつも幼い人魚の双児が、
遊びに来ておりました。             

特に兄の方はよく、波の打ちつける岩の上に
ちょこんと座っては、 浜の向こうにある
遠くの村や街を眺めておりました。

兄の人魚は、夜になっても海の底に帰りません。
母の言い付けでたしなめに来た妹もいつしか、
昼も夜も山や街の灯を
眺めるようになりました。




  




ある星の夜、兄は願いました。

『あの街の灯のあるところへ行ってみたい』と。

それを聞いていた空の獅子星は
気紛れに叶えてやろう、と考えました。

「人魚の子よ、お前は街へ行きたいのかね」

人魚の兄は驚いて空の星を見ました。

「お星さま、連れて行って下さるのですか」

「それは無理だ。だがお前がその足で
自ら行くのなら叶えてあげよう」




人魚の兄は大喜びで、その尾やひれを海に捨て
代わりに人間の足をもらいました。
そこへ妹が海の底からやってきました。
妹は兄の姿を見ると、驚き恐れました。


「ぼくはあの街へ行く」


妹が止めるのも聞かず、兄はひとり浜辺から
歩き去ってしまいました。
妹は波間で泣きました。

獅子星は、気の毒になって妹にも言いました。

「お前も行きたければ足をあげよう」

妹は顔をあげて叫びました。

「いいえ!いいえ!
わたしは父や母を置いてなどいけません。
友達も、知った街の人々もおります。
わたしは海で生きるものです」




妹は行ってしまった兄を心配して泣き続けました。        
星はそれを見て慰めるように言ったのです。  

「人魚の子よ、わたしは空から見ていよう。
お前の兄を夜、星が瞬く限りどこにいようと
見ていてやろう。
だからもう泣くのはおよし」

妹はようやく泣きやんで海の底へ帰っていきました。


波はそれを黙って見ていました。
















それから長い月日がすぎました。
獅子星はいつものように
空で街や海を見ていました。

約束通り人魚の兄を見守っておりました。
人魚の子はもうとうに大人になって
街の娘と暮らし、子供もおりました。



「人魚の子よ、お前は海が恋しくないか」

ある日、星が尋ねました。

人魚の兄は、家の戸を閉めかけた手を止め
空を仰ぎました。
そして彼は、疲れた顔で星に答えました。


「一日も思わぬ日はありません」

「海に帰りたいのか?」

人魚の兄は足が痛む、とだけ言いました。

「では帰るか?」

星の問いかけに兄は、うつむき
首を振りました。



「わたしはもう海には帰りません。
妹にも父や母にも会いたいけれど、
わたしはここで生きるものです」

「ならば、浜辺に会いに行けば良い」

「いいえ、もういいのです。
たとえこの足が 腐って折れたとしても
わたしは望んで来たのですから」


「では妹に何か伝えたい事でもないか」

人魚の兄はしばらくの間
考え込む風でありましたが
やがてこう答えたのです。



「では、元気で、と」


「それだけでいいのか」

「はい。わたしは故郷の波の色や
妹、父母、知った人々を思い出す事で
生きていられます。
それ以上は望みません。
子や妻もおります。
わたしにはもう、海は帰る所ではないのです」














獅子星は短い伝言を伝える為に浜辺を
見下ろしました。
妹は時々浜辺に来ておりました。
子を連れ、戻らぬ兄を案じては
海の底に帰って行きました。



波は黙ってそれを見ていました。



「おい、波よ、人魚の妹は来たか」

波は答えず、代わりに妹の声を
海から浜に転がしました。


『忘れないで下さい』


獅子星はそれを拾い上げると代わりに兄の伝言を
落としました。


『元気で』



波は黙ってそれを受け取ると
深い海の底へ沈めました。





「さて、ではわたしはまた何処かを眺めるとしよう」






金の獅子星は再び
あちこちの街や山、海を見に行きました。


波は兄の伝言を伝えると
はじめて口を開きました。
海から寄せる時は

『忘れないで下さい』

浜から返す時は

『元気で』

と。

無口な波はそれ以来ずっと
その言葉だけを繰り返していました。
とうに人魚の兄妹や
彼等を知る者がいなくなったあとも。





その声は、人の耳にはただ
ざん、ざぶん、と
聞こえるばかりでありましたけれど。





                                   


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