この世のような夢

2006年04月23日(日)




ふとした思い(シンプルな感受性)





問い。木は切られるずっと前から、切られる事を知っているか?

───と、ぶっきらぼんに画家のiさんからメールが来ました。とても感受性の強い方です。何日も前から、見るたびにその柿の木がへんだったと言います。

そんなこともあるでしょと答えておきました。木に訊いてみたらよかったのにとも。とくに柿の木には霊魂がひっかかると言いますし(昔、何かの古典で読んだ記憶が・・・)。あるいは、木には、木の精(木霊)が宿っていますから・・・訊けばいい。樹木医だってそのようにしてると思います。

いつか蘭好きだった知人が亡くなりその遺品として東洋蘭を戴いたことがあります。が、遺された蘭室の蘭たちは何やら寂しそうで険しい雰囲気でした。生彩がなくいつもの瑞々しさに欠けていました。そして・・・これは育ててもダメかなとふと思いました。(私は東洋欄の栽培には慣れているのですが)それら何十株かの蘭は結局2〜3年で全滅してしまいました(殉死か?)。遺品でもあるし " 自然力" で恢復させられなくてじつに残念でした。蘭がその故人の体質に馴れすぎてた(馴らされすぎてた)からだと思います。東洋欄はかようにムズカシイ人なのです。たとい元気であっても花が咲くのに幼苗からは10年もかかります。かまいすぎても枯れますし。東洋欄は気品ある妖しい(怪しい)植物です。

心を向けると植物は語ってくれます。あるいは何かが聞こえてくると言えばいいでしょうか。例えば木を触ってみると(拒絶される場合もありますが・・たとえば神社の樹)こちらの身体に入ってきて伝えてくれます。植物とのつながりはその人が撮る花の写真からもわかりますね。そのとき植物も"気"で反応してくれますから。 写真に映る(写る)のはそうした " 関係性 " です。身体(からだ)のカンケイ。アラーキーの撮る花の写真なんかはそうですね。

この季節は、植物のオーラに驚かされます。手を当ててみると、その発する"気"に強く圧し返されてしまいます。個体によりその感じはいろいろです。



写真:電動歯車式太陽追尾装置・ヒミドリくん(1999年の作品)



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