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2010年08月08日(日)
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主に映画『インセプション』の感想
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立秋って、このくそ暑いのに?!
と思っていたけれど、あれ?やっぱり旧暦あなどれず。 夜になると風が涼しいよ・・・。
高層マンションの中階。 ベランダは駅のホームからもペデストリアンデッキからも丸見えなので、 夏は常に窓全開で過ごすのだが、今年は流石に尋常でない暑さのため、クーラーを稼働させていた。
が、立秋を過ぎてから、日中はともかく、夜の風が変わった気がする。 そして今は雨。
飲みかけのワイングラスを手にベランダに出る。 手すりにもられると、雨と風が当たる。 酔い覚ましに気持ちいいー。雨の音に包まれるぅー。 湿度のアジアに生まれてこその快楽がここにある。
ところで、『インセプション』見たー。 外国映画に日本人が出るというと、予告編が全て見たいな扱いが多い中、 ケン・ワタナベがかなりの大役でびっくり。 日本人ってとかく、髪の毛が薄いことを嫌うけど(月代と言って人工はげ作っていた国の人とは思えない) 髪の毛の多寡と色気とカッコよさは関連がないということを、きっちり証明してほしいなぁと思うのでした。
だって、ロッペンだってビリケン、もとい、シュナイデル(オランダのサッカー選手ね)だって、 若いのに髪の毛ないけど、かっこいいもの。
いや、別に誰かの将来を気にしているわけでもないんですけどね・・・(笑)
やっぱ、酔ってるなぁ。 で、『インセプション』の話。
映像は素晴らしいし、世界観もきっちり構築されている。 レオナルド・ディカプリオは彼である必然性は感じられないながらも、邪魔はしていない。 (言いようが酷いな)
評判の佳作なだけはある。 ただ、脳裏にある作品がよぎるが故に絶賛は出来ぬ。
それは『クラインの壺』by 岡島二人。 20年以上も前の作品だけれども、夢と現の境界の怖さをありありと表現した作品で、 読んでいて震えがくるほど怖かったし、読み返すたびに怖い。
最近、妙に自分の生活の手触りにもリアリティがなく、もしかして夢?との錯覚(いや実感かも知れないが) がより強くなってきた今、より肌感覚に近くなっている。
『インセプション』良いんだけど、怖くない。 あぁこの映像クオリティで『クラインの壺』やってくれたら、超絶怖かったのに・・・との思いが邪魔をした。 で、酔えず。
『クラインの壺』ハリウッドに売ってくれる人は誰かおらんか。
ところで、最後のコマ。 回り続けるのか、止まるのか?
人が良ければ止まると言い、ひねていれば回るというという説もあるが。
100年たてばタンパク質は分解される。 どっちにしても脳内の幻想でしかない。
どっちでも同じ。というのが私の意見であり。 つまり、夢でも現でも、どっちでもいーじゃん。 共有できる(ある一定範囲にしても)のが現であり、超個人なのが夢。 でも自分個人にしたら、差はない。
だったら、好きな方を。
私はコマは回り続けると思った。
alain
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