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2009年09月24日(木)
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ダウナーの理由を考える
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気持ちはやや持ち直したものの基本ダウナー。 のらないというのではなく、昔のいやぁな思い出、それも、幼少期の記憶ばかりが鮮明に、映像で見える。 原因は何だろう?
以下、仮説。 左股関節周り(要するに左のケツ)の全く動きがない筋肉群がようやく緩み始めた故ではなかろうか?
マッサージをすると押される場所により、昔の記憶の絵が見える、と話には聞いたことがある。
また、心のストレスを体に振り替えて、心の負荷を軽減するとの話はマッサージ屋で聞いたことがある。
かつ、昔の日本人はそのことを普通に知っていたらしい。 その証拠に日本語には、直接解釈すると体の状態を表す言葉なのに、心の状態を表す言葉が多い。 例えば、肩身が狭い、借金で首が回らない、胸襟を開く。胸が詰まる思い、腹に据えかねる。肩ひじ張って生きる。など。 という話はロルフィングの本で読んだ。
ロルフィングのセッション4でBODYの深層の筋肉のセッションの後、 「深いところの筋肉を動かしたので、昔のイヤな記憶が出てきて混乱する可能性もある。 一過性のものだから安心していいし、辛かったら打つ手もあるから連絡をくれ」と言われたっけな。
などなど。 傍証は色々と挙げられる。
そうかも知れないし、全然違うかもしれない。
とにかく、昔の、子供の頃の、イヤぁな思い出ばっかりリアルに蘇って来て、まいってしまう。 当時は整理できていなかったり、もしくは、勇気がなくて飲み込んだ言葉が、もう、溢れ出てくる。
色んな人の首ねっこをつかんで、「あなたはこんなことをした。あんなことも言った。」と延々言ってやりたい。 ごめんなさいって言って欲しい。 いや、むしろ殴りたい。蹴倒したい。
って、思いつつ。 おいおい何言ってんのとも、もちろん思う。
何年前の話だか。 今更蒸し返しても覚えてないだろうし、覚えてないことを言い募って、謝ってもらっても本気で気が晴れるかというと、それはない。 じゃあ何が出来るのか。 何がしたいのか。
タイムマシンでその場に行って暴れる、という手もあるかもしれん。 でも、有り得ない以前に、それで丸く収まるかというと、そういうものでもない。
その場を何とかしたかった、ではなく、その場を"自分で"ちゃんと始末したかった、けど、出来なかった、が気持ちの引っかかりである以上、ゴジラが当たるを幸いなぎ倒しても、嬉しくはない。
今日読んでた本で、どんな流れで出てきた言葉かは忘れたけど(今日読んだ本の内容すら覚えていない体たらく) "「大変だったね」と声をかけてあげる" という一節が出てきて、今も心に残っている。
それが良いのかも知れない。つか、それしか出来ない気がする。 思い出したことに。 「そうかー大変だったね」と共感して、そして、手放す。
うん。書いていて改めて思った。そうしていくしかない。
多分。
とか、色々うつうつなので、綺麗なものが欲しいなぁと、まずは『ソニアパークのお買い物マニュアル』とか買ってしまった。 前々から欲しかった本だった。気晴らし買いです。(無駄遣いとも言う)
alain
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