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2009年08月02日(日)

千住真理子@東京オペラシティ

先日、千住真理子のコンサートに行った。
東京オペラシティ。
初めて行ったけど駅近で楽で良いな。

4段階ある値段の下から2つ目。
場所は3階横の前列にした。(座席指定で買った。)

ステージを斜め前方上から覗き込む位置。ほぼ見えない。が、演奏会ならば音が聞ければ充分。
予想以上に気に入った。
演者の視線を気にせず、目を閉じてうつらうつらしながらでも聞ける。
後ろの席とも板で区切られてて段差もあるから姿勢も身体の向きも思うがまま。非常に楽。

一番安い席でも充分だったかも。(音響とか色々あるんだろうけれど、そういうの良くわからないから)
気になるのがあったら、また行こうと思える会場だった。

当日の埋まり具合は3階席は1割程度。1階は8割、2階は4割くらいか?
彼女程度のネームバリューでもこれくらいなのか。正直もっと埋まっているものだと思っていた。
不景気もあって最近興行系は大変というが、そういうことなんだろうか。

って、自分もクラシックのコンサートはほぼ行ったことない。
多分、生まれてからの累計でも片手じゃないだろうか。
そんな身で言うのはあれだが、もっと盛況でも良いのに。
原宿の服屋に並ぶより、コスパ良いと思うが・・・とか人の金の使い方にあれこれ言うなって。


ま、それはさて置き。
前述の通り、クラシックに接点がないので、比較のしようはないのだが、漫然と受けた印象を書く。

千住真理子の音って"腕力"。
天に駆け上る奔馬、もしくは天馬(ペガサス)を思い起こさせる力強さだった。
ヴァイオリンという楽器には、触れなば折れんの繊細な印象を持っていたが、彼女の音にはそれはほぼ感じなかった。音が厚くて太くて強い。青年期というより脂のまわった壮年期の力強さがある。
曲は切なくとも、まとう雰囲気ははかなさではなかった。あくまで悲嘆に引きずり込む引力。

私はいいなと思ったけれど、古典的なクラシックファンでは好まない人もいるかもしれない、と思った。

胸の奥に手を突っ込まれてぎゅっと握られて揺さぶられるそんな感覚。
芸術に感動して涙を流すって一般に、ストーリーに共感とか美しさに打たれて・・・とかだろうが、
たまねぎを切るとか、頭をどっかにぶつけたとか、そんな身体の反射として、泣けた。

シャコンヌとアンコールのヴィバルディの冬。
号泣。

良いとか好きとか嫌いとか、そんなんじゃなく。
気持ちじゃなくて、身体が涙を出した。

イメージ映像は、胸の奥が、緑のつるりとしたハートで、それが震えてる。
楽器で何がどこまで変わるのかとかも全くわからないが、確かに「あのヴァイオリンは触れるとね、
血が通っているように暖かく脈打ってるんだよ。」と言われたら信じても良いくらい、生き物っぽかった。
ちょっと気味が悪いくらいの生命感があった。

以前、癒しのなんたらヴァイオリンとか聞きに行ったことがあったけど、もう全然違う。
海に潜る深度が違う。

千住真理子が枯れて、もう駆け上がれなくなり、その哀しみをはらみつつも、
経てきた時代を大切に誇りながら弾く、そんな演奏をいつか聞きたいと思ったのでした。

スイートJAMがくれた出会いに感謝。


alain

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