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あーまずいことしたなぁ〜と思い出したくない記憶は誰にでもある。(と仮定して話を続ける。) が、事象の大きさとかやばさと、いやな思いの量が比例するかっつーとそうでもない。
もっと、あくどい事酷い事印象強い事あるだろうに、なぜにこれが引っかかる?という思い出がある。 先日、つらつらと思い出していて、いきなり、数十年の時を経て、ホントにいきなり気づいた!
全て"約束"に絡んだ話じゃん! 大学時代ノートのコピーの約束をすっぽかした・ある集まりを飛ばした・ 非公式打ち合わせを飛ばした・待ち合わせを意図的に遅らせた等など。
そんなに頻繁な話ではない。 基本的に時間は守る。 が、5年〜10年に一度ほど、自分でも制御が利かないことをする。で、その後数十年たっても後悔する。
人は誰でも「思い癖」があるという。 小さい頃の心の怪我をかばったこと等が原因とも言われている。前世だと言う人もいる。 家系の因縁とか狐付きとか言う人もいなくはない。 原因はともかく、心がネガティブに傾いた時に、止せばいいのにやってしまう癖が人にはあるらしい。
それだ。 キーワードは"約束だ"。
と、やっと気がついた! 共通項が見つかった。そうだったのか。気がついた瞬間、まじ顔が固まった。
1つ引っ掛かりを抜けると次から次へと思い出す。
子供相手にするちっちゃな約束。 それを自分は随分とないがしろにされてきたなぁーって。
もちろん。どこにでもある話。 「今度の日曜日、遊びに行こうね。」 でも、親にも色々都合があり、毎度きっちり守ってやれるわけは無い。 ましてや毎回すっぽかされてきたわけじゃない。 なんで、そんなささいなことをこんなこじらせてしまったのか。
怒らなかったからだと思う。がっかりしたことを表現しなかったからだと思う。
父親に対して、「約束したのになんで!」と怒ることは出来なかった。 何故かと言うと、ほんとの父親じゃなかったから。捨てられたら困ると思った。 父親に対してむかついた顔をしたら、母親が気を使ってはらはらするのもわかったから。
母親に対しても、この人が居なくなったら、もう自分には誰もいないのだと思うと、 全力で何かを主張することは出来なかった。
ああ、そうか。 自分は怒らなかった。がっかりした顔もしなかった。 何も気にしてないふりをした。もしくは自分も忘れていたというふりをした。 「誰も自分との約束なんて本気で考えちゃいないんだ。どうでもいいことなんだ。」と思った。
過去の事例・自分がしでかした約束ぶっちぎりの際の気持ちを、思い出したくも無いが思い出す。 「どうせ、待ってやしないだろうし。何か他にも色々やることあるだろうし。もう、自分は死んだとでも思ってくれ。」 みたいな感情が、言語化されないほどごちゃごちゃなものをあえて言語化するとこんな感情が心の中にはあった。
トラウマの原因を責める気持ちはさらさらない。 「私は傷ついた!謝れ!」みたいなことはお門違い。彼らは彼らで大変だったのだ。 その時、誰にも強制されないのに勝手に自閉した自分にも原因はある。 だから、これはホント、他の誰かを責めようとは思わん。
ただ、もしも、その思い癖が原因で、今か今後の自分が不愉快な行動をしてしまうのであれば、 また、そのトラウマが原因で表情とか姿勢にゆがみが出て綺麗を阻害しているのであれば、 その原因を理解して、昇華するのは有益かと思う。
そっか。そっか。 自分。怒ってもよかったんだ。精一杯がっかりしてすねて泣いても良かったんだ。 そうすれば、なだめられたり、機嫌取られたり、わがまま言うなっって怒られたり、出来たのに。
と、思いながら、知らないうちに自分が泣いていてびっくりした。 不思議だ。でも、溜まっていた気持ちがあるなら流してしまう方がよかろう。
理解しかつ言語化したから、もう二度とやらないとは言い切れないが、 多分今までよりは馬鹿なことしないと思う。 ・・・・・"約束"に関する思い癖については。
絶対ぇ、他にも色々あるんだよな。 綺麗の道は険しいのう・・・。
時々思うんだよなー。 何か、あんまり人の役に立ってもいないし、生きてここにいる価値とか理由とかないよなーとか。
でも、自分の中なり魂なりが溜めた澱を浄化することで、感じのよい存在に、 例えば、道端に咲いてる花見て和むみたいに、気持ちの良い風景の1構成要素であれたら、 それって、それだけで凄く価値があるし☆素敵かな☆とか。(☆は含羞か自虐の表出)
解釈論は何も生まないが、そう思うことで気持ちが楽になるのであればそれもよかろう。
alain
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