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夕方、散歩に出かけた。 気分も良く、上手く言えないが、これはこれで完全なのだという気がして嬉しくなった。 いたずらに未来を思い煩うことでも、過去を悔やむことでも、運命を渇望することでもなく、 ただ目の前に降ってくるものを慈しんで愛して、やり過ごす。 それでいいんだという、ふっとそんな気になった。
歩きながら、ある風景で思い出が蘇った。 KKDで苫小牧でLIVEをやった日があったね。確か春先で。 あの日苫小牧は小雪だった。東京はこんなに暖かいのに、日本は思いのほか広いな、 楽しいLIVEになってるだろうな、ってそんなことを思いながら散歩をしていた、そんな日のことを。
K.D.earthはたまに東京駅でLIVEをしていたよね。そのうち行くなんて思っていたけど、その日はもうない。
山本耕史さんのファンクラブに入っているので昨日メールが来た。 淡々としているのに擦過傷がうずくような痛々しいメールだった。
今年は大学時代の友人の母上が亡くなったという連絡もあった。
哀しみの中に居る人に何が出来るというものでもない。
永遠に死なない人もいないし、親しい人に死なれない人も自分がいち早く逝かない限り、いない。 (死が何か?という定義は深く突っ込まないとして、)死なないということも出来ない。死ななきゃ生まれられない。
死を悼んでいる人に"全てはOK!"声掛けする気はないが。 その人が何かを見て、綺麗だなとか美味しいなとか楽しいなとか思う瞬間が少しでも早く、少しでも多くくると良いと思う。 哀しいけど、ご飯食べた瞬間、故人を忘れてもしくは故人を思いながらもめちゃくちゃ美味しい。 哀しいけど、悲嘆の中で「ちょっとトイレ」ともよおす。
そんな生き物としての強さか弱さ。 それらひっくるめて"全てOK"って思う。
alain
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