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2007年09月17日(月)
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ラストファイヴイヤーズの東京楽
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本日。 ラストファイヴイヤーズの東京楽を見てきました。 気持ち持っていかれて、魂が戻ってきません。
むやみに暑いのもあって、体調はぐだぐだ中。 加えて魂抜かれて、正直ただ今人間として機能している自信がない。
感想は散発的に。
・山本さんの声に厚みが出て、芯が揺るがなくなった。 ・気持ちを音に載せる上手さは以前よりあったが、 今回は、それに加えて歌として聴かせる作品に仕上げてきた。
・演技に奥行きが出た。特に後半。 初演の時、山本さん演じるジェイミーの哀しさは痛いほどに伝わってきた。 が、今思えばその哀しさはお気に入りのおもちゃが壊れてしまった哀しさと思えないこともない。 今回は甘えたい・褒められたい・支えられたいという男の弱さ。 世間で評価されていて女にももてもてで、現状何の問題もなさそうな環境で心の片隅にずっと抱えている、 彼のキャラ的に誰にも言えない、言っても鼻持ちならない自慢話としか思われなさそうだけれども、 何をしても消えない漠然とした不安や恐怖といったもの。 それと戦っている切なさ。 愛が壊れたという哀しさだけでなく、ジェイミーの複層的な心の動きを、葛藤や怒りなどを感じた。
・前半の動きの軽やかさは、こう一言で言うのもなんだが、相変わらず絶品。 が、より洗練しているように思う。嘆声とともに見入るのみ。 ・3曲目のシュムールの物語。 3種の声色を使い分け、小道具を駆使して物語をつむぎつつ、 一つのエンターテイメントとして完成させていた。 これはもう他に誰が出来るんだ?! 想像できない!
などなど。
そして井手さん。 ・井手さんに有って、初演の彼女に無かったのはユーモアなんじゃないかと思う。 ユーモアって位相をずらすこと私は把握している。 辛い時、自分の心の中だけに引きこもらず、鏡見て泣き顔の滑稽さを自分で揶揄するみたいな。 視点を外に持つことが出来て初めてユーモアは生まれる。 井手さんのキャシーには、そして演じる井手さん自身にも、自分を外から覚めてみている目があったように思う。
PartOfThatの箒ダンスが、単なる振り付けではなく、 嗤いになっていたのは井手さんの俯瞰センスの故だろう。
・歌で気持ちを伝える力がある。 ただ、東京楽ではちょっと喉に荒れがあったように思う。 おそらく連続公演になれていないが故に、力配分をちょっとミスったのではないかしら。 (喉の暖め方のコツというものがあるのでしょう。山本さんは東京楽の方が声が伸びていたもの) 声が出ないことは無かったのだが、ときおり一拍気持ちを構えてから音を出していたがために、 曲によっては、音の出がそれぞれ微妙に押していたように思った。
とりあえず、今日はここまで。
来週は後半は多分持ち帰り仕事もそんなにないし、感想纏めたいなー。 ハーモニーベルも行けてないし。行きたいよー。
そしてL5Y。やっぱり回数増やしちゃおうか・・・・。 山本さんを見るにはいいけど、作品としてはそう好きでもないと思っていたが、 今回はキャシーの不器用さ可愛げ、ジェイミーの苛立ちと弱さ、それぞれがびしばし響いてきて、 もう、作品にたまらないほどの愛おしさを持ってしまった。 恋している感じ。 しかしなぁ。うーん・・・。 そんなに散財していいのか?!どーする。どーするよ自分!
alain
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