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2007年05月27日(日)

本を読まない自分に違和感がある

本屋に行っても、本が呼びかけてこない。
短期的にはないことはなかったけれど、こんなに長期間は初めてだ。

ここ最近買った本といえば、三枝誠の整体の本だったり、綿本彰の瞑想とかヨガの本だったり。
磐音さまシリーズは結局今のところ5巻まで読んでいるけれど。
それはまぁ動機が動機なので。

一日全く本を開かないということはなく、家にある本をぽつぽつと再読したりはしている。
でも、ノンフィクションとかエッセイとかが多い。
物語、特に長大な物語に心を寄せることが、全然出来なくなってしまっている。

推理小説なんてもってのほか。
頭の回路にトリックをつっこんでこねくり回すことが全然出来ない。
そもそも、読んでいてロジックが空論というか空虚に思えてしかたがない。
謎って"言葉が迷う"と書く漢字通りで、実体はない。
存在ではなく、空論の構築美や迷う過程を楽しむものなのに、それが出来ない。楽しくない。

バランスというか、反動なのかもしれない。

今まで身体をないがしろにして、頭でっかちに生きてきたから。
それがいきなりヨガだの太極拳だの、アロマセラピーだの、ハーモニーベルだの、
よーするに身体があってこそ行えたり、五感で持って受け取ることに回路を開いたため、
そちらにエネルギーをとられてしまい。
頭の中で何かを組み立てたり、巡らして楽しんだりが止まってしまっている。

この状態が何時まで続くのか?
わからない。

何度か本屋に行って見た。
だって何か不安なんだもん。
本を読まない日々に慣れていないから、言葉が頭から抜けていく気がするし、
気持ちというか共感力とか想像力みたいなもの枯れてしまう気もするし。

でもだめ。買う気が起きない。
買いたい本がないなんて、そんな日が自分に来るなんて想像も出来なかった。

強いてという訳ではないけれど、多少は本も読まなくちゃみたいな気持ちで、小説本を買って読んだりもしたけれど。
(うっ・・・!こんな事を自分に言う日がくるとは)
映画にもなった『しゃべれども しゃべれども』とか『となり町の戦争』とか。
でも気持ちがのれない。受信する回路が閉じてしまっていて、うわっ滑りに終わってしまう。

本屋で「欲しいなぁ・・・」って思うのは、整体本とか、おおたうにのファッション本(これも身体あってのもの。)とか。
まじで、そういう本にしか食指が動かない。

この先どーなるのか。
強いるのはやめました。
もう、こーなったら自分の心の赴くまま、見守ってみようと思う。


alain

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