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2006年10月09日(月)
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嫌なことを心にどうSAVEするか。
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この前の金曜日に実はちょっとへこむ事を言われてしまって。 で、そのことをどう処理しようかということについて考えていた。
自覚はあって、ハーモニーベルのヒッポウさんにも言われたのだが、私は常に防御壁を作っている。 良いことも悪いことも含めて全てを入れない。
良いことはもちろん入れたほうが楽しい。 人と心を開いてつきあうとか。
でも、ドアを開いて入れた相手が常に善意を抱えているとは限らない。 マイナスは絶対にイヤだとしたら、プラスも諦めて全ての外部入力をカットすればいい。
ということで、やってきて別に不自由もなかったのだか。 そろそろ大人のマチュアも欲しいかなという気もするし、 あと、やっぱりそろそろ飽きてきたのかな。自分に。 変化は常に余所者を受け入れることがトリガーになるから。人も地域も。
となると、やっぱりむやみに壁を張るのはもういい加減にやめたい。 となると、マイナスも入ってくる。 これにどう対処するかの方法論が要ると考える。 (この理屈をつけるアプローチも悪癖とは思うが、全てを一度には何とかできないだろうから、 まずはこのまま置こう。)
最初は"受け入れて手放す"という方法を考えた。 水に流す方式だ。詩的でもある。 嫌なことは笹舟に乗せて小川のせせらぎに流すというイメージだ。
だが、これには無理がある。 記憶の仕組みに合ってない。 記憶は入力と保持と再生から構成される。(と、少なくとも私は解釈している。)
嫌なことを壁でブロックしないとすると、入力はされる。 そして通常保持もされる。度忘れは再生が上手くいってないということだ。 だって、人の名前を思い出せない時だって、相手が「○○じゃない?」って言ってくれれば、 「それ!」ってわかるじゃない。 痴呆とか病気に近いもの忘れ以外は、ほとんどの忘却は再生機能の劣化だと思う。
っつーことは、入力が増えるということは、心の中に嫌な記憶がどんどん溜まることじゃん。 黒いヘドロが心に溜まることじゃん。 再生を拒否ないしは、性能劣化で出来なくなったとしても、心から消えることはない。
"手放す"アプローチには、美しいまやかしでしかないように思う。 となるとどうする?
で、今のところ落としどころは、ペンキをべったり塗って自分の色をつけて格納すること。 イヤだって思ったことに対して、そのままで置かない。
つまり、 ・何故イヤだと思ったのか? ・そこから自分のメリット(言い方はむかつくけど、指摘事項は外れてない。自分にも反省すべき点はある。とか) ・そのイヤに対する対処方法(とにかく避けるとか、給料のためとわりきるとか、改善要求を出すとか、抹殺するとか)
などをきっちり整理して、漠然としたもやもやにはっきり、自分の意思表示をペンキで塗って書き付けて、 それから仕舞うのだ。
ここ2,3日考えてのアプローチというか、嫌なことの自分なりのオチの付け方はこんなところだ。 また変わると思うけど。
で、金曜日の嫌なことについては。 ・言い方はむかつく。 ・が、確かに正しいところもある。それは素直に認めたほうが自分のためにもよい。 ・まぁそうは言っても生活費は稼がなければ。 ・そいつには手を出せない、自分のLOVEとHAPPYを心に暖かく持つことは出来る。 だから無闇に卑下することはない。
というオチのペンキを刷毛で分厚くべったり塗って、仕舞った。 (というところに来る前に、何度か脳内で相手を火だるまにしちゃいました。 あぁ人間出来てねーな・・・・。)
alain
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