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うーん。12分のイチが過ぎようとするのにこのていたらく。 もう、なんというか、悪循環としか言いようのない。
今日は新月なので、何とか切り替えをはからなければ。
医療費控除などなどの書類を作成する。 どーやったら、あそこまでわけのわからない書類作成マニュアルになるよなぁーと、 もう頭ぐるぐる。何とかでっちあげたけど、ホントに。 税金関係のあれこれって、何をどこにどう書くのか、用語とか計算式とかわけのわからんことばかり。 でも、なんとかやった! 一つ仕上げて一つ褒める。 一日起きて、寝て、一日褒めるみたいな。
そうやって積み上げていくしかない。んでしょうね。 とりあえず、満月まで進め。
もう、一ヶ月引っ張りまくった組!!に思うこともそろそろ、まとめないとどーなのよという感じなので、 まずは書く。
今回の組!!は、本当に三谷さんから山本さんへ贈り物というか、 山本さんの気持ちを出来るだけ入れたものにしたいと、思って作ったのだろうなって、思わせるものだった。
勇の墓を作るシーン『ここではだめだ。もっと上だ。』 とか、歳の最後のセリフとか。 彼がラジオで語っていた (2005年1月頃なんで、企画が内定していたとしても脚本が出来ている時期ではない。と思う) ことを、まるごと脚本に取り込んでいる。
『会津の勇の墓には、一番土方の思いが残っている気がする。 何か、土方のもの、意味的にはコルクのようなものが墓に入っている。絶対入っていると思う。 最後は「かっちゃん・・・」と言って死んだと思う。』
山本さんの読みというには、あまりにも丁寧に入っていて、もうこれは愛だなぁと、見終わった後に思った。 信頼と愛と。
最後の一日なのに生きたい土方というのを、山本さんに託したことには、三谷さんは役者、山本耕史を 信頼の強さを一番感じた。
ほぼ日に『土方が死ぬのを見に来たんでしょう』と書かれていたが、 まさにそういう悲嘆を100%待ち受ける視聴者に対して、三谷さんは希望を 死に場所を求める土方ではなく、生きるために闘う土方像を広げて見せた。 山本さんは、全然悲壮感を感じさせない土方を演じた。
演じ手としては土方が死ぬことをもちろん知りつつ、 今日死ぬことを知らず、『これからどうする?』を思って行動する土方を演じることって、凄いと思う。
前にCLAMPのインタビュー番組を見たことがあって、あそこは4名の合作チームなのだけど、 原作者は書き手の他3名に対して、キャラのその後の展開、特に何時死ぬかは伝えないと言っていた。 そのことを思い出した。 原作者が言うには、「書き手は感受性が強いから、このキャラがそろそろ死ぬことを知ってしまうと、 絵に哀しさがにじみ出てしまう。だからぎりぎりまで伝えない。」
死ぬ話って演じる本人は知っている。無意識に哀しさがあふれても不思議じゃない。 それに意図的に表に出すのもよく見る。哀しい話にするほうが演じる気持ちも盛り上がるし。 視聴者としてもそれを求めるところがある。 悲しみのボルテージが上げて、泣きたいのだ。安直に。
正直私も求めていた。だから、見終わって、肩透かしされた気分になった。 あまりにあっけない終わりに思えた。
それをしない。 悲しみを盛り上げない。 三谷さんは山本土方ならば、これからを思う土方を演じられることを疑わず、この本を彼に書いたのだろう。
死の影を思わせない、ひょっとしたら勝っちゃうかも?と、 まわりに思わせそうな土方がいて、その土方のとぎれた明日があればこそ、 エンドロールの市村鉄之助が草原を駆け抜けるシーンが、見ている人に希望を感じさせる。
何か、書ききれない。 憧れ。なんだろうな。 そんな愛情とか信頼感とか。 過程を抜かして結果だけ欲しがる性質なので。
ねたまない。そねまない。
ということで。一旦、感想は終わり。 もちろん、だらだらこの話題は書くでしょう。 HDDに入っていてかなりリピしているし、DVDも販売されるし。
もう、"好き"だけでいいや。 そして、そういう綺麗な気持ちだけ。大切に胸の中に両手で包んで。
alain
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