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2005年07月24日(日)
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ファイヤーキングのグラタン皿
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もうちょっと考えようと思ったのですが、諸事情あり、結局ファイヤーキングのグラタン皿を購入してしまいました。 日常食器なので全然モノの作りとして高級品でなく、機械による大量生産品。 色も普通の白で、一枚3000円以上で購入するものでもないように思う。 思うのだけれども、何かが違うんだ。
ロゴからして60年代〜70年代だと思われるのだが(本を立ち読みして記憶。裏面の製造マークから大体の年代はわかるようになった)何と言うか、手触りが幸せっぽい。
工場生産品なんだけど、機械と人間とのいい関係があるというか、工業製品が憧れだった時代の明るさ。 それから工業製品とはいえ、機械自体の作りがまだ人間の手に負えるというか、 動かなければとりあえず叩いて見る最後の時代・・・の野暮ったい温かみがある。
アンティークは過ぎ去りし日の残滓であり、アンティーク好きな人は、 変容する現在、未来に背を向け、裏切らない過去に逃避しているのだ。と、言っていた人がいた。
つまり成熟拒否と同じ構造。 ということは、古い町並みを保存したがる欧州諸国は都市計画が、幼児退行となるわけだ。
にも、関らず景観保存は文化がオトナであること、と捉えられる。 言葉遊び的には矛盾。
が、本気でそう感じているわけではない。 生産的とか合理的という中心点から、離れていくことを、時に文化的成熟と言い、 社会的未成熟とも言うのであろうと、ま、そう思うわけで。
という話はともかく。
地震があったのはファイヤーキングの店に居た時で、マグカップが落ちて割れたらどーしようと、結構怖かった。 おもわず棚押さえちゃったよ。
でも何も落ちなかったし。 家でも何も変化なかった。エレベーターが復旧したのが午後の8時だったけど。 階段で上がるのもだるいので、外でしばらく遊んでました。
alain
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