|
人は変わらないとも変わるとも思う。
私は幼稚園の頃から、『こーたくんは顔に品が無いから嫌いだ。』とか言っていた。(←こんな園児の方がいやだ。) 自分でも覚えている。 虫歯を黒いままにしてるの見ていやだなって思った瞬間の感情。
あとこれは小学校2、3年だと思うんだけど、ちょっといいなって思ってた男の子の耳の後ろから襟足に黒く垢が溜まってて、 "却下ぁー"って思ったこと。とか。 理屈重ねるくせに判断は感情でするとことか。 何かしながら、例えば掃除とか歯磨きとか洗い物とかをしながら、本を読むこと。
馴れ馴れしい人嫌いとか、人の目をじっと見詰める人苦手とか。 人の感情を裏読みして常に最悪を考えて億劫になって何もしないか、避けようが無い時は常に拍子抜けするほど何も無いってことの繰り返しばっかり、数十年続けてるとか。
持って生まれたものなのだといいようが無い自分がいる。
でも人間簡単にかわる。 2、3日食べさせないとか、刃物を突きつけるとか、曼荼羅掛けた小部屋でお経を聞かせるとか、そういう外的な刺激は別に置いておくとして。 そりゃ簡単に転ぶだろうよ。ライターで3秒も顔をあぶれば。ってことで話が終わってしまうから。
それではなくて、普通に朝起きてお仕事してお食事して睡眠とって朝起きて、ってそんな暮らしの繰り返しの中で、何のきっかけもなしで人は変わってく。
細胞が歳を取っていく。 そんな風にゆっくりと変わっていくのかもしれん。
動かない時も海流が深く流れるようにきっと何かは動いていたはず。 それが表に出ると自分でも"おや?"と思う。
おおよそ一昨年から。明らかに変わったと思う。 いや、その前年くらいからかもしれないが。今年も変化は加速中だ。
具体的にいうとあまりに瑣末で笑ってしまうが・・・。 ・爪の手入れをするようになった。 (例えば5年前はそんなに暇じゃないのよっ!って切り捨ててた。 仕事とか、あと何か読んだり、それらのために睡眠を取ることが大切だと思ってた。 今はちょっとばかりぐったりするより、指が綺麗なほうがいいと思う。) ・髪の毛も華やかにしたいと思う。 (これも爪と同じ。何かするのに邪魔にならないことが身体の役割だと思ってた。)
心も身体もいらなかった。意思と知性と知識だけで実体無く生きていきたいってそれが当時の理想。 このホームページ始めた頃もそうだったと思う。きっとどっかに書いてある。
心なんて面倒なもんいらない。 身体なんてやっかいもん。 エーテルのような透明に生きてたい。すっきり生きたいのにどーして心も身体も邪魔をするのだっ!って。
大学生〜働き始めの頃はそれがピークだったように思う。 避難袋から古い下着が出てきてさぁ。もう不憫になってしまったよ。 どーして、あんなに可愛いー頃に、こんな色気のねーばばくせぇもんしてんだよっ!って。 あの頃、下着についてるちっちゃなリボンとか小ざかしい!とか思ってたもんな。 カルバン・クラインみたいにスタイリッシュなのがお好みで。
下着くらい、ギャルで好いじゃん。女楽しめよっ。ロマンティックとファンシーと花と夢だろって言うのが今。 ふりふり大好き。レース大好きっ。
今思い出したけど。 大学生の頃、確か旅行から帰ってきた時、いきなり男から「花好き?」って聞かれて、とっさに言おうと思ったのが、「花って植物の生殖器なわけで、そういうの部屋に飾るのって良く考えればエロイよなー。動物のそれを束にして飾ってたら凄い事になるもんなー。」って答えだった。
あまりにも。と思ったので、「嫌いって人あんまりいないだろ。」って言ったら、ちっちゃな花束くれて、つまり2ヶ月くらい海外旅行にいったので帰国祝いのつもりで用意していたらしく、とっさの答えを返さなくて良かったと胸をなでおろしたのであるが、なんつーか。そういうこと。
頭抱えちゃう。 綺麗とかいい匂いとか楽しむ前に、理屈で切るなよって。 花火ももったいなーい。火薬の塊に火をつけて楽しむってどーよ。とか言ってたんだから、こいつどーにかしてくれって感じだ。
心を殺して暮らしてた。ここ数年で復活してきたよ。やっと。 大仰に言うと、公的な自分(あるべき自分)と私的な感情が、ようやっと和解したみたいな感じだろうか。
家に対する考えも変わった。 前は家は楽屋だと言い切っていた。 それなりに掃除もするが、邪魔で不快でなければそれでよし。外に出て行くための基地で機能を満たせばOK。 それ以上のこと、寛ぐとか楽しむとか人を呼ぶとか、そんなことは考えた事もなかった。
今や!家事の内で掃除が一番好きだ。 思えば家に対する意識の転換点は一昨年の秋の一大掃除ブームかもしれない。 全ての引出しをひっくりかえして掃除をし、ふすまの張り替えまでに至った怒涛の掃除二ヶ月。 あそこらへんから、家に帰ったらスイッチ落とすんじゃなくて、他の自分を楽しもう、Privateを豊かにって思い始めた気がする。
・・・というか、快適を求めてマンションまで買ってしまったじゃん。 目に入るものを小奇麗にすることと、人を呼びやすい家にしたいがために、あっさり買ってしまった。
その他 ・仕事着以外に金を使うようになった。 ・朗々と歌い上げる系(ホィットニー・ヒューストン)とかではなく、ジャズとかクラシックを良く聞くようになった。 ・服装がフェミニンになった。 (硬質な美意識なギャルソンとかは今でも好きだけど、シフォンのピンクとかも着るようになった。) ・色使いの幅が広がった。(昔は毎日葬式に行けそうだった) などなど。
占星術的に言うと。 私の太陽は水瓶座の20−25度にあって、女性性とか私的感情を殺す度数。 それが土星と60度。MCと120度。他にアスペクトがない。 太陽が2室で土星が4室。 キチンとしてて社会的にも評価されやすいし、お金を稼いでの働いての私で、一族的にも頼りにされちゃったりだけど、でもそれだけ。
楽しみとか広がりっつーもんがない。
でも、人間って太陽星座だけじゃよめない。 冥王星まで10個の天体がある。それ全てが自分。
あたってるとかあたってないとか、占いっつーと、それだけみて良し悪し言うけど、そうじゃなく、自分の中の宇宙を見るのにとっても便利だと思う。
私的感情を意味する月は、前述の太陽と90度。 しゃきしゃき生きるほど、感情は無視されてふてる。
ふててるのを捨て置いてきた。今までは。 でも、それじゃあつまんないじゃん。せっかく10個の星があるのに太陽だけしか使わないなんて。
月は蠍座にあって情感深く味わう星座。 お仕事以外では、『それ月の出番だよ。』と表舞台に出してみる。 蠍座だから、閉じた空間とかアンティークとかに囲まれたとこが好き。 構成力が優れた音楽より、水が滴るようにべたべたに情緒的な音楽なんかが好き。
火星はその近くにいるから、高尚なもんより鉄火なものの方がいい。
そんな感じで。 自分の中の宇宙を使い切って見たいってそう思ってる。
それにしても、サビアンで経過をみたり、トランジットを見たりすると、これが結構嵌ってるのが妙。 しかも西洋占星術のトランジットでみる変革期と四柱推命のが同じっつーのが妙。
ちなみに本格的な転換期は2005〜2008年だそうだ。
alain
|