index|past|will
直感と感触でモノを言うとあざ笑われるような。 本当は生々しいはずのものをわざとらしく取り澄ました顔で「論じ」なければならないような。 結局は安全な場所に身体を置き、そこから「見下す」ように「分析」を強いられるような。 嗚呼、くだらないな、と思ったのは多分新入生歓迎会の会場で、だった。 何でだろう。何でこんなに相容れないんだろう。生きることと、学ぶこと/思考することは。 という疑問はそれから7年の歳月が流れた今になっても、答えらしい答えを見出すこともできぬまま、臓腑の底に澱み続けている。 決して「教養」であってはいけないと思う。だが今のままではどうしたって「教養」の枠を出ないのだ、私の生と、ヴァレリーの苛烈な言葉のなんと乖離していることよ。 安易に流すことの決してできない言葉たちを前にして私の生はハレーションを起こす。そして生に寄り添う安易な「娯楽」に手を伸ばす。 |