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時間になって迎えにやってきたのは決して私の祖父ではない祖母の10歳年下のボーイフレンドである。ふたりっきりに、してくれたらな、と思わないこともないがもはや依存しているのだから仕方あるまい。余計な愛想笑いを強いられて、なんていうグチは此処だけの話にしておこう。 やはり書くことは衛生学に関わる問題なのだ。 病院では片目に綿帽子をはりつけられた老人たちが10分おきにエレベーターから吐き出されてくる。付き添いのある老人、ない老人、皆が皆、おぼつかない足取りで、疲れ果てた表情で戻ってくる。名前を呼ばれ、数滴の目薬で瞳孔を開かれて、消毒済みの服を着せられ、眼を切り裂かれ、レンズを嵌め込まれ―すべてはベルトコンベア式に運ぶ。10分おきにエレベーターから吐き出されてくる老人たちが皆が皆それぞれの物語を背負っているのだということに医師や看護士は気づいているだろうか。 まあ、いい。それで祖母の視界は晴れるのだ。 母には店があり父には会社があり。安静を強いられた夜の時間は重苦しい沈黙に支配される。私は的確な言葉を探し当てることができず、祖母は薬を数えることしかできない。今夜明石家さんまが白洲次郎の痕跡を追うというので祖母の縺れた記憶の糸を辿ろうとしてみたが当時を懸命に生きた人にとってその名前は記憶の片隅にも残らぬものであったらしい。 痛み出す下腹部。 大喧嘩をしたはずなのに祖母は母の帰りを待ちわびている。 午前一時半、母は祖母が憎んだ私の祖父にそっくりの、酒に飲まれたどろりとした目で帰宅した。 かつて私が狂うほど愛した男を見限ったのは「どうにもならなくなったら絶対誰かが助けてくれると信じてる」と一点の疑念も差し挟むこともなく言ってのけた瞬間だった。どうにもならなくなったとき、自分以外に頼れる誰かなんてどこにいるだろう。バカじゃないのこの男。 三代にわたって頼り方を知らない。 そうしてさしあたり、「どうにもならなくなったら死ねばいい」と私は今でもかたくなに思っている。引き出しの中の致死量のベゲタミン。 だが本当に必要なのはどうにもならなくなったときにとにかく笑ってみせるユーモアのセンスだ。 笑い方なんて分からないからとりあえず缶ビールのプルタブを引く。 |