indexpastwill
2006年06月05日(月)   ケモノミチ

何も退屈しないことに若干の不安を感じつつも、今月新しく生えた柔毛が本当に心地よくついごろごろと転がってしまう。ウシ模様とトラ模様の同輩もようやくこの状況に慣れたようで、2匹で1ミリの隙もなくひっついて眠っているところへ割って入っても不快な顔をしなくなった。

これほどまでに醜悪な事件が続くとこうしてケモノミチに踏み込んだ自分の選択が正しかったのだと思わざるを得ない。大仰な言い方だが飽きたのだ、《あたしたちはだれもかれもみんな、ただお互いに憎しみ合い、苦しめ合うためだけに、この世に放りだされたんじゃないのかしら》、そんな140年も前に吐き出された女の嘆きがおそろしいほどの真実味をもって迫ってくるようなヒトノミチに飽きたのだ、列車に飛び込むだけの情熱や激情もすっかり干上がってしまったことだし、あとはもう決して何事にも積極的にアンガジェせず、アニーのようにして行くことを、ただゆっくり静かに存在することを願うばかりなのだ。《食べること。眠ること。眠ること。食べること》。

そして私はやっぱりトルストイよりもサルトルの方が好きなのだ。そればっかりはいたしかたない。


nadja. |mailblog