indexpastwill
2006年04月13日(木)   猫をぶつ

私は今日、母が猫をぶっている音で目が覚めた。実際母は二度ぶっただけなのだけれど、夢と現実の境目でその柔らかい身体をぶつ音は何倍にも増幅されて、今日一日ずっと腹の底で響き続けていた。

もう13年もいる老いた猫の体内にも春は確実にやってきていて、最近家のそこらじゅうにおしっこをかけてまわる。確かにそれは耐えがたく、臭い。何度シーツを洗っても、何度絨毯を洗っても、という母の苛立ちも分からなくはない。玄関の自分の靴の中に猫が器用にも(?)おしっこをしている現場をとらえたとなれば怒りと苛立ちがピークに達して力任せにぶってしまう、だろう。私でも。

夢と現実の境目で

母は猫をぶつ。何度も何度も。猫は鳴き声もあげず老いて痩せた身体でその拳に耐えている。あまりにも長くその打擲が続くので、私は「もう、いいかげんにしたら」と声を荒げてベッドから起き上がる

・・・しかしそれは夢と現実の境目の出来事。

猫は母が大好きなのだ。母が掃除をしている間も料理をしている間も足に纏わりついて離れず、テレビを見ていれば傍らで丸くなって寝転がり、店に出かける6時前には必ず玄関で母を見送る。夜半過ぎに母が帰ってくれば台所の床でおなかを見せて転がり、いつ終わるともしれない酔っ払いの話し相手として布団の中に連れ込まれてもじっとそのまま話を聞いている。

その大好きな母にぶたれて、猫は今日一日しょげかえっていた。かわいそうに思って撫でてやっても、元気がなかった。母と同じくらい大好きなウシ猫にもたれて眠る顔は、お前ら人間というのはそうやって勝手にぶったり撫でたりすることしかできないんだろ、と言っているような気もした。



たかがおしっこぢゃん、ねぇ? とも言ってそう。


nadja. |mailblog