K馬日記
サリュウラヴケーマ号とバリトンサックスの『ウエエ、ウエエ』なわだち
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幸福とは人それぞれ違うものだけれど。 優劣とは介在してはならんという「倫理の」不文律が存在する。 でも、そこに優劣をあえて付けるならば。 幸福をもたらす「もの」の如何であると。 ある少女は家族と過ごせれば幸せであるという。 ある男は金さえあれば幸せであるという。 少女からすればかような幸せは浮かびもしないだろう。 一方、男からすればさような幸せは幸せではない。 何故? それは男の幸せはより高次なものになっているからに過ぎない。 男はすでに家族という幸せを経験し、それを低次なものとして意識しなくなっていったから。 さて、どちらが一体優なるか、はた劣なるか。 果てのない道をただ闇雲に突き進む男の欲望か。 無限に開かれた道をただ見つめている少女の願いか。 私的見地からで恐縮だが、少女の願いがいかに優なることか。 まるで処女のごとく清純な願いをどうして劣なるものと批せるのか。 財産を欲するのはもっともである。 しかしそれをいかに高次とするのはいかがなものか。 蓋し、人は高次の欲求を求めている「かのように」見えるが、実際より価値の低い欲求へと向かっているに過ぎない。
時の流れと空の色に、何も望みはしないように。 素顔で泣いて笑う君のそのままを愛しているが故に。 あたしは君のメロディーや、その哲学や言葉すべてを守り通します。 君が其所に生きているという真実だけで幸福なのです。 椎名林檎/「幸福論」より
多田K馬
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