K馬日記
サリュウラヴケーマ号とバリトンサックスの『ウエエ、ウエエ』なわだち
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ああ、なんか今日アルトサックスを吹いてしまった。 だって宿題終わっちゃったんやもん。 音楽室〜勉強〜バドミントン〜アルトサックスてな具合に。 流石に数学の問題集を今からやってしまうのは気が引けたのね。 せくなせくなって感じで。。 いやあ、久しぶりに本格的(?)にアルトを吹いたな。。 いやあ、最初は蚊の泣くような音がしたんですがね。 だんだん慣れたらそれなりの感じにはなったよ。 特に「北の宿から」は自分的にもそれっぽく聞こえた。 音をエロくして、ビブラートかければそれなりにきこえるものです。 とくにニューサウンズは・・・。 でも流石にアルトがぼろだったんで出にくい音もありましたが・・・(汗) ええ、「北の宿から」はミミコピしました。 多分音は合ってるような気が・・・。 「北の宿から」いいっすねえ。エロいっすねえ。
・・・
何故ショスタコーヴィチのバレエ組曲「黄金時代」の楽譜がないんだ? 「ボルト」とか「2つの小品」とかはあるのに・・・。 まあどうせあっても実力的に出来ないし、いいんですけど。。 とりあえず、やるとしたらやっぱり高校では無理なんだろうなと思う次第で。
大学に行ってもビッグバンドじゃなくて吹奏楽を続けるんだろうな、と思う次第で。 そしたらまた新しい出会いがあるわけで。 その頃にはいまの自分は崩壊してるわけで。 男女共学の世界に放り込まれたとしたら。 やっぱり女性と話すのが苦手になってることに気付くんでしょうけど。 そしたらやっぱりいまの自分を意図的に崩壊させなくちゃいけないわけで。 それがまた宇多田ヒカルの「Be My Last」の出だしにつながっていくんです。 男子校に通って築いた自分の思考や嗜好も崩壊していくことが。 何やら寂しくて、悲しくて、今の日々に虚無感をおぼえるというかなんというか。 この虚無感は近代史の芸術作品を見るときのような。 いよいよ歴史が自分とつながっていることをおもわせるような。 嘗ての人間の映像(例えばモノクロの戦争映像)を見るときのような。 自分の関与し得ない世界に出逢ったときのような、そんな虚無感。 まあもっともわかりやすい表現を出すならば。 (引退や卒業などで)別れた人が今何をしているか全く知り得ないことへの虚無感。 嘗て過ごした時間が泡となって消えてしまったかのような。 親友などがいま別の人生を歩んでいることは。 もう一生会えないことのしるしなのかもしれない。 生きることは自分をドンドン作って壊しての繰り返しなのでしょう。 だからこういう真実を考え始めると願ってしまう。 自分のことをいつまでも覚えていて欲しいということを。 「北の宿から」(まあ南でもどこでもいいんですが)ぼくのことを気にかけていることを。 自分が相手の人生に関与出来たことを残しておいて欲しいんだと思う。 そう思うと、いままでどれだけの人間を忘れて来たのだろうか。 どれだけ自我を新調して相手を虚無感に陥らせていたのだろう。
ほんとにごめんなさい。
母さんどうして? 育てたものまで自分で壊さなきゃならない日が来るの? バラバラになったコラージュ捨てられないのは、何も繋げない手。 君の手つないだときだって。 どうか君がBe My Last 宇多田ヒカル/「Be My Last」より
多田K馬
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