K馬日記
サリュウラヴケーマ号とバリトンサックスの『ウエエ、ウエエ』なわだち
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今日はまったく変な夢をみたんですよ。 なんかね、自分と付き合ってる夢。 うっわー!すげえナルシストのあらわれじゃんか!! まあ、思い当たる節がないわけではないですけど・・・。 自分のことを普通に頭良いと思い込んでるし。 自分の吹く音色にうっとりしていることもしばしば・・・。 確かに、ナルシストかも。 しかも、結構重度だよね。 だって、自分が彼女(彼氏?)として出てくるんですもの。 ギザヤバユス。マジで。 直した方が良いのかね?この性格。 でも、そういうのって息苦しくなりそうだから。 個性ってことで許してよね。
今日、英文読んでて思ったんだけど。 ニューヨークの子ども達がエチオピアの人々に多大なる寄付をしたという話。 これはもう、アメリカ人の「自国がもっとも優れている」というエゴイズムだよね。 明らかに「寄付」という行為そのものは上位者から下位者へのものである。 ここで見えてくる構造は・・・、 エチオピアの人々≦アメリカの子ども達 であって、無論大人達は子ども達に劣等感を覚えるはずもないので、アメリカという国の優位性に繋がるのである。 まあここで無視してはならないことは「善意の有無」である。 おそらくは「善意」から生まれたものであろうが、それは結局エチオピアの矜持を傷つけるという結果に終わる。 これで露出されるのはアメリカの親ばかっぷりだけである。 アメリカ内だけでの自己満足の為にエチオピアの人々の矜持は傷つけられた、あるいは失われた。 そんなことなら、国連またはアメリカ合衆国からの公的寄付の方がまだましである。 まあ、要するに「餓鬼はだまって生活しろ」ってことがいいたいことの一つ。 こういうことから、アメリカというのはナルシストな国であるともいえる。 また、アメリカにだけ、批判の目を向けてきたけれど、エチオピアの人々にも少し批判を。 ここで、矜持が失われてしまったバアイ。 これからも、そういった寄金に甘んじることになり、やがてそれが生活の寄辺になっていくトイウのはすぐわかる。 その状態は、いわば他人に扶養してもらっているという状態であり、決して独立してはいないのである。 たとうるのであれば、親と子の関係というのがしっくりくるか。 「地球は大きな家族」といってしまえばそれで聞こえはいいが、冷静に見つめればそこにあるのは唯の差異であるともいえる。 同じ人間に関して種族単位で差異を見出すというのは、わたしの観点から言ってはっきり言ってどちらかは人間ではない。 アメリカ人が優れた別人種なのか、エチオピア人が劣った別人種なのか。そのどちらかである。 まあ、要するに「プライドをもてよ」ってことがいいたいことの2つめ。 また、英語のオカマ先生はイギリスよりもアメリカを中心として話を据えているが、それははっきしいってムカツク。 もともとはイギリスが英語の発祥地であることを知っているだろうけど、毒されてますんですよ。 いわゆるアメリカナイズというやつの犠牲者ですね。
やべ、結構それっぽいことを書いてしまった。 多分に偏見が入ってるんで、反論はありますでしょうからそのときは直接、またはメールでどうぞ。
こういうことを書いている自分にうっとり・・・(〃▽〃)ノシ
なーんつって。なーんつって。
ほな。
多田K馬
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