K馬日記
サリュウラヴケーマ号とバリトンサックスの『ウエエ、ウエエ』なわだち
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みんなー!!きいてきいて!! ぼくねぼくね、すっごい真実の可能性を発見しちゃったよ。 375年、ゲルマン人がローマに大移動したという話は、日本人の5割は知っていると思う。 いや、6割か?まあどうでもいいけど。 これの契機は、フン人(北匈奴の一派と言われる)が東ゴート人を襲っちゃって、 ゲルマン人みんなたまげたってもんで、えーいローマへレッツラゴーって感じよ。 でも、あたくし驚くべき事実を考えついたのですよ。
ゲルマン人のヨーロッパ大移動の契機をコロヌス土地緊縛令に求める説。 えーと、そもそもゲルマン人は以前からローマに少しずつ侵入してきたとされています。 それはタキトゥスの著書「ゲルマニア」なんかを参考にして下さい。 ゲルマン人はローマで何をしたかと言うと、働いたんですね。 身体が丈夫で大きいゲルマン人は、傭兵として雇われたり、コロヌス(小作人)として働いたりしていたのですね。 しかし、ゲルマン人は故郷へ帰ったり、ローマに戻ってきたりと安定しません。 そこで、困ったコンスタンティヌス帝は332年に『コロヌス土地緊縛令」を出す。 コロヌスは固定されてしまって、ゲルマン人は故郷に戻れなくなってしまう。 そこで、そんなことならみんなでヨーロッパ住んじゃうべってなことで375年に大移動。。
でもなあ、40年も差があるなあ。 ちょっと無理矢理のこじつけっぽいと冷静になってみて実感。
ちなみにハンガリーはフン族の国と言われています。ハンガリー(Hungry)だもんね。 まあ、もともとモンゴル高原の遊牧民族だったからハンガリーのところに言語島が出来てることからもフン人は匈奴であるということが示される。 すごいなあ、歴史って。 それともひとつまめ知識。 フン人の王アッティラには角が生えてたんだってさ。 ほんとらしいよ。
うそね。 角が生えてるように見えるほど、怖かったと言われています。
今日の話はちょっと難しすぎたね。ごめんよお。
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多田K馬
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