月に舞う桜

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2018年11月06日(火) 日本のバリアフリーに足りないもの

20日ほど前のことになっちゃうけど、写真は10/18の朝日新聞の記事。





この記事に書かれていること、全面的に賛同する。

特に

「日本のバリアフリーに足りないのは『尊厳』」
「介助者がいなくても、頭を下げてお願いしなくても、誰もがどこにでも行ける自由のある社会を(中略)実現させたい」

これは本当にその通り。
バリアフリーは思いやりや気遣いや施しではなく、自由と尊厳と権利の保障だ。
(昨今よく耳にする「配慮」も同じ)

カナダのバス、いいなあ。
ストレスフリーだよねえ。

「人の手を借りれば公共交通機関に乗れるんだから、それでいいでしょ」というのは違う。
それでは、真に自由と尊厳が守られているとは言えない。

自由とは、乗りたい時間の電車に一人で乗れるということ。
気が変わって途中下車できるということ。
入りたいお店に、一人でふらりと気ままに入れるということ。

そして、自由が保障されて初めて、尊厳は守られる。

私は、旅行のときは事前に駅や食事処や観光場所をがっつり調べる。行ったらバリアフリーじゃなくて入れなかった、通れなかった、となるのが嫌なので。

駅から地下道で直結だから雨でも安心と思いきや、地下の出入り口は階段しかない

とか

乗り換えで使おうと思った駅が無人駅で、板も置いてないから車椅子で乗降は無理

とか

行きたかった食事処はことごとく車椅子で入れない(バリアフリーで検索して出たお店は、高すぎて庶民には手が届かない)

とか

調べてると、そういうのがごろごろある。
観光地だからって、バリアフリーが進んでるわけじゃない。
(と言うか、観光地は昔ながらの佇まいを残すので、かえってバリアフルな気がする)

事前に調べておけばバリアフリーじゃない場所を回避できるからいいのだけど、調べてるうちに気持ちが萎えることもある。


桜井弓月 |TwitterFacebook


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