私の雑記帳
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8月に入ってから、東京まで小2の姪を迎えにいき、こちらで一週間近く預かり(ものすごく手のかかる子供なのだが)また東京まで送って行った。 別れ際、泣き顔なのに無理して作り笑いをして「おばちゃん、ありがとう」と言って涙を流しながら無理に微笑む。 ものすごく厄介(事実、病気でもあるわけだが)な子供だが、無条件で私や従姉妹(私の娘)を大好きでたまらないらしい。 大きくなるにしたがって、彼女が人並みに精神的に成長してくれればよいが、このままでは他人との関係が上手く築けなくなるのではないかと思う。うまく成長して欲しいと思う。でないと社会の中で生きてゆけない。
妹に「これほど全面の信頼をもってアンタ(私のこと)を大好きな人間は他にいない」と言われたが、なるほど、わが子でもこれほど私を好きという気持ちになったことはないだろう。妹は「私とアンタが同時に溺れていたら、アンタのほうを先に助けるんじゃないかと思う」と姪の私への情愛を表現する。私は伯母だから姪を甘やかすし、嫌われたくないからなおさら怒りたいのを我慢している。自分の子なら何発ゲンコツがとぶかわからない。本当にイライラさせるしハリセンでぶっ叩きたいことが5分に一度くらいの頻度で起こる。保育園の園長に「私の保育人生で3本の指に入る」と言わせたくらい、扱いにくく厄介な子なのである。単に我が儘というわけではなく、注意力もないし、しつこいし、変わり者である。しかしたとえば勉強は出来ないわけではない。上手く言えないがとにかくどんな人も姪には手を焼くのである。
だからようやく帰ってくれると私もうちの子供もほっとする。姪はかぎっ子になったので夏休みは学童通い。それも可哀想な気がする。近ければ私がもう少し面倒を見てあげられるのに・・・。
私と別れたあと、電車の中で妹が「楽しかった?」とたずねたら泣き顔で「うん、幸せだったよ・・」と姪は答えたそうである。こちらが泣きたくなる。 ぶん殴りたくなるほど手がかかるのに、いなくなるとしばらくは大きな穴があいたような感じである。
姪はいつか、いまの私がどんなにダメな人間か、知る時がくるだろう。 でも小さい時は伯母ちゃんが好きで夏休みにこちらに来ることが楽しかったということは、きっと覚えていてくれると思いたい。
オリンピックの開会式。うちの子供は誰も見てくれないので私は姪と一緒に見た。姪も見たくないだろうが私に付き合ってくれたのだ。 各国入場で、地図をみながら話す。ルーマニアの時についチャウシェスクの処刑の話をしてしまい、そういう事件的な話が好きな姪に、なぜそうなったか?とか聞かれて困った。8歳にチャウシェスク政権の話は難しい。 悪政をして国民を苦しめたからつかまって公開処刑(銃殺)されたと答えたが、そういう話に興味津々なのである。わたしだって詳しくは説明できないのに。とにかく、そんなふうに姪と開会式を見たことは私はきっと一生覚えていると思う。
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