希望の日記

2008年08月22日(金) 曇り

今日は涼しい。猛暑はどこに行ったのか。今日は調子が悪い。鼻が風邪っぽい。頭が痛い。いつになったら治るのか。
私の人生は一体なんだろう。色んな人生があるものだ。今日はなんか寝ていてもしんどい。デイケアってなんだろう。昨日はkさんが色々話してくれた。あれは話すのが好きなのだ。好きなのだから給料要らないんじゃないか。ボランティアで良いんじゃないのか。
目がかすむ。楽しいことはない。デイケア行っても行かなくても楽しくない。そんなことは分かっていた。9月も行くのかな。でも10月は行かないだろう。イノデンにかけていたが今はまたかけなくなった。mさんのお蔭かな。mさんは面白い。ここに来て収穫だった。
しんどいのはデイケアのせいじゃないのか。本当にしんどい。結構寝たのに。週三回はきついのかな。生きるのは楽しい。隣の一家が出かけたようだ。遅い夏休みかな。でかいリュックを背負っていた。あそこは二人姉妹で本当に可愛い。
しんどい。何か今日はしんどい。うつみたいになっている。統合失調症でうつになるってあるのか。陰性症状かな。元気が出てこない。いくら寝てもだめだ。人に優しくするということ、正々堂々と生きるということ。この二つくらいかな。病気で休職して悟ったことは。卑怯なことや不正なこと邪悪なことを好んでしまう。サドのせいだ。もっと大きな気持ちで生きて行こう。それと優しくするということが大事だ。
しんどい。人間は戦いが好きなのだ。競争も好きだ。スポーツの世界でそれを表現している。本当の戦争も好きだ。これを何とか抑えないといけない。人間ならば、人間らしく生きないといけない。よりよい歴史を作っていかないといけないのに、20世紀は戦争の世紀だった。核兵器まで落とした。人間はそんなことをしてはならない。人に優しくすること、正々堂々と生きること。
しんどい。少しよくなってきた。少しよくなってきた。酒が飲みたい。目のかすみも少しよくなった。昨日はソフトボールよく頑張った。金メダルだ。
人に優しくすること。それが人間の値打ちだ。それから正々堂々と生きること。卑怯なこと、邪悪なことを諦めること。どうしていいかわからなくなったらそう思えば良い。正々堂々といってもうまく行くのだ。何でわざわざ絶対うまく行かない道をとるのだ。正々堂々と生きるのだ。みんなやっていることじゃないか。恋愛とか結婚とか普通じゃないか。私は精神的に病んでいるから仕方がないが。それでも正々堂々と生きるのだ。卑怯なこと、邪悪なこと不正なことは絶対しないことだ。
この世の中どうしたら良いのか。正々堂々と頑張ればいいのだ。卑怯なこと、邪悪なこと、不正なことをしないこと。人に優しくすること。人に優しくすることは素晴らしい。仕事も人に優しくすることに他ならない。だから人に優しいということは損するのではなく、儲かることなのだ。損得ではなく、人情の問題としても正しい。人に優しくするのは良いことだ。関西人は変わっている。でもここに生きている以上、これらの人々に合わせないといけない。辛いものだ。でも完全に同化する必要があるのだろうか。異質であってもいいのではないか。排除されても良いではないか。大阪人の考え方、生き方はいつまでたっても慣れない。好きではないものはなれることはないのだ。優しくしよう。でも関西人も関西人と自分との間にギャップを感じる人も多いのではないか。関西人も別に極悪非道というわけではなく、人情もある。それと商売の世界は別なのだ。金の問題になると目の色が変わる。もうこの年になって、関東に移住してもだめだろう。でもいきていて残された夢は関東に住むことだ。仕事はあるだろうか。あるわけがないと思う。そうすると年金とかに頼る年になってからでないとだめだということになる。人に優しくすることが大事だ。例の問題が解決すると食欲がでてきた。良いことだ。
正々堂々と生きて行こう。卑怯なこと、邪悪なこと、不正なことはしない。仕事もきちんとやる。脳がダメージを受けても大丈夫だ。正々堂々と生きないからこういうことになったのだ。
だいぶ寝逃げした。アーテンの副作用がひどい。頭が痛い。どうしたら生きていけるだろう。生きていくのは辛い。正々堂々と生きて行こう。何で卑怯なこと邪悪なこと、不正なことをしてしまうのだろう。絶対にやめよう。そんなことをしなくても十分生きていけるのだ。人に優しくしよう。私は人に優しくするのが好きだ。頑張って生きて行こう。人に優しくして生きていけるなんていいことだと思わないか。対人援助職だけではないのだ。生きていく全ての人間は人に優しくするものなのだ。
愛と優しさ。正々堂々と生きること。これが最近悟った大きな気付きである。しんどい。パスタを作りすぎた。何でそんなことをするのだろう。エラーだ。愛と優しさ。なかなか溶け込めないが、愛と優しさを実践する場としてそこを利用すれば良いのだ。でもそんなことを考えなくても自然に話すことができれば良いのではないかと思う。自然に話せないというのが、難しいことだ。もう3年も人と話してないのだから仕方がない。誰でも話し相手にすれば良いのではないか。優しいことは悪いことではない。素晴らしいことだ。デイケアに行くのはしんどいことだ。でも確実に人に慣れられるとおおもう。通常のカルチャーセンターと比べると、不審がられないというメリットがある。お泊りに行きたい。デイケアばっかり行っていてもなかなか慣れない。楽しくない。一人で楽しめるのであれば、あんなところに行かなくて良いのだが。
愛と優しさが大事なんじゃないかと思う。正々堂々と生きること。正々堂々と生きて行ったら良いんじゃないかと思う。復帰は確実にできる。やっていけるかどうかは問題だが。でもどちらにしてもハンデを背負って生きていかないといけないのだ。あの人も面白い。アンダンテに暮らしているらしい。sstをやっていた。なかなか大変だな。何をしたら楽しいだろう。自分ひとりで生きていくのは好きだが、もう限界だ。絶対無理だ。一人きりで引きこもっているのは到底無理だ。何でもいいから関係を作らないといけないない。一人じゃないと思うからこそ一人が楽しいのだ。今は一人が楽しいと思える。
関東に移住したい。移住と言えば関東だ。沖縄でも北海道でもない。生きていけるかどうかは難しいが、貧乏暮らしでも良いじゃないか。いつもそう考える。もうレールは降りてしまったのだから、自分のやりたいことをやってから死んだ方がいいのじゃないか。吉祥寺にでも住みたい。女だったら、水商売でも良いから東京行くね。鼠先輩みたいに。帰りたい。どこかに帰りたい。神を信じるようになった。神がいないとこの人間が作られたことが説明できない。人間は一人ではない。この宇宙には今も生命体がどこかにいるはずだ。生命はできるべくしてできたのだろう。とするといくらでもこの宇宙には生命が遍在していて興亡を繰り返しているに違いない。今現在どこかに同時に生命がいる可能性もあるし、過去にあったが今はいないという可能性もある。
年よりも嫌だが、若者が嫌だ。どうも対処の仕様がない。あまり友達になりたくない。ただこの間のルーキークラブは面白かった。tという女も面白いし、実習生も面白いし、あの女も面白い。ただあの男は不愉快で面白くない。ただの馬鹿じゃないか。女の方が成熟している。
私は今の会社を愛している。ここで定年まで働きたいと思っている。ただ定年を過ぎたら関東に移住したいと思っている。定年5年前くらいに辞めて移住してもいい。私は通常の道を外れてしまっているのだから、好きなことをしてもいいじゃないかという気がしてならない。貧乏してもいいじゃないか。一人なんだからそんなに金は要らない。ただ一人では生きてはいけない。会社にしがみつくことと、貯金することだ。格差社会を生き延びろ。でも働いて好きなものを買ったほうが良いだろう。家もほしければ車もほしい。子供もほしいし、嫁さんもほしい。でも格差社会で結局もてないことになった。あの似非カウンセラーはまだほしいですかなどといっていた。嫌な奴だ。どういう目で私を見ているかがわかった。
もうこの三年の間にどれだけの文字を書いただろう。無意味だったとは思わない。もう終わりに近づこうとしている。新しい人生に踏み込んでいこう。勇気を持てば生きていける。私は優しさと愛と正々堂々と生きることでやっていけると思っている。愛する対象があれば良いのだが。嫁がほしい。あってみてやってみてできるようであればそれでいいのではないかと思う。何の話かわからないが。もう三年になろうとしている。あのグループには戻らないだろう。他のグループか、他の部署が良い。優しさと愛。愛こそ全て。愛こそ全てだ。優しさと愛が全てだ。
優しさと愛が全てだ。
優しさと愛が全てだ。優しさと愛が全てだ。あの職場も給料は安いのだろう。私がbに住んでいるといったらあまり機嫌がよくなくなった。援助を受けるものは貧しくないといけないのだろうか。実際貧しいけど、何とか生きているのだ。長続きしない。11月から復帰しようと考えている。復帰できるかどうかわからないが、とにかく復帰のめどとしよう。復帰といっても慣らし勤務ということになる。ゆっくりで良いのだ。その間は休職期間で給料は出ないのだから。休職手当てが出るだけでもよしとしよう。
優しさと愛が全てだ。


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