* たいよう暦*
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今は解散しましたが、その昔「夢の遊眠社(ゆうみんしゃ)」という劇団がありました。
東大を中退した野田英樹という演出家が主宰していた劇団。 言葉遊びと体をフルに使った表現力がおもしろくて、学生の分際で、高いお金を出しては何度も舞台を観に劇場に足を運びました。
その劇団の作品の中に 「贋作 桜の森の満開の下」というのがあります。 坂口安吾の同名小説を下敷きにしたもので、狂おしいほど美しい満開の桜の樹の下で、少しづつ何かが狂っていく物語でした。
その舞台を見て初めて、坂口安吾という人の作品を教科書の教材としてではなく、自分のものとして読みました。 「満開」の「桜」の「木の下で」ではなく、 「櫻の森」の「満開」の「下で」という言葉の表現がすごいと思った。 ぱーっと、何かが自分の中でひろがった。 物語の中身にもひかれたけれど、そのタイトルにまさに打たれたといっていい。 最初のジャブが効いたので、あとはするするするっと物語に引き込まれ、あっという間に不思議な美しい空間で、美しい言葉と表現にどっぷりとはまっていた。
「彼は始めて四方を見廻しました。頭上には花がありました。その下にひつそりと無限の虚空がみちていました。ひそひそと花が降ります。それだけのことです。」 「すると、彼の手の下には降りつもつた花びらばかりで、女の姿は掻き消えてただ幾つかの花びらになつていました。そして、その花びらを掻き分けようとし彼の手も彼の身●(骨編に豊)も延した時にはもはや消えていました。あとに花びらと、冷たい虚空がはりつめているばかりでした。」
桜の樹の下にたつと、いつもこの物語を思い出します。 桜の森の満開の下。 いつかその下で、美しい鬼が出てくるのを待ってみたい。その美しい鬼に、魅せられたい。 そう思わずにはいられない、小説です。
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