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人気のない購買の端、テーブルの陰で黒い小山が動いていた。
何だありゃ。
近付く内に、それが栗田の背中だとわかる。 「何してんだ」 「あ、ヒル魔ー。またこぼしちゃったよ」
学校内で飲食物を扱っているのはこの購買のみ。昼の前後にはひどく混み合うこの場所も、放課後になると人影は消える。せいぜい自動販売機の飲み物ぐらいしか口に入れられる物はないのだ。 校内唯一のそれは、入学当時から品揃えも変わらない。ガラス板の奥に並ぶ200mlの紙パックは、日の光に褪せた白の上に無機質な文字が踊っていた。そのマジックの文字さえも日に褪せ、相当な昔から置かれている事が知れる。 生徒の間でも評判が悪い。 少量なのに値段は500mlの半分。多くの生徒は、校門から少し離れた場所まで教師に見つからないように調達に行く。
栗田はここの品物が気に入っている数少ない生徒の一人だ。 他ではまず見ないようなピンクや黄色のパックが気に入っているらしい。 そして。 ヒル魔が近くにいない時。高い確率で栗田はこうして床にはいつくばる。ムサシが近くで暇そうに栗田を眺めている。床に手をついた栗田は場所を取るから手伝おうにも手が出せないんだろう。
栗田は、見た目を裏切らずに不器用だ。ヒル魔からしてみれば、信じられないような単純な作業にも手こずる事が多い。奴にとっては、紙パックのストローを差す事も針に糸を通すようなものなのだそうだ。明らかに片方の手に力が入り過ぎ、何度もパックが潰される様を見るうちに、ヒル魔が手を出す。 それが、いつのまにかそう、なっていた。 「何飲むんだ?」 「いちごセーキ」 聞くだけで、十分甘さが込み上げてくる。ようやくこぼした分を拭き終わった栗田がばたばたと手を洗いに駆け出した。 「こんな甘いもんがよく飲めるな」 かがんで商品を取り出し、機械の脇の扉からストローを引き抜く。アルミの小さな丸に向かってストローを突き刺し、戻ってきた栗田に手渡してやる。 いつの間にか出来た、無言のルール。 「いいかげん、こいつも変え時だな」 「えー、そんなことないよ」 「てめぇ以外に誰が使ってる?」 「だけど、ここ以外にこれ、もう売って無いんだよ」 飲み物を買うためにいちいち外に出るのは面倒臭い。 こんな自販機を置いておく理由もどうせないんだろう。 校長をおどして買わせるのも訳はないなと考えているヒル魔の隣で、自販機ががたりと音を立てた。 ただ、黙って立っていたムサシがかがんで商品を取り出している。 珍しい事もあるもんだなとそれを見ているヒル魔の目の前に。 ムサシが買ったばかりのパックを押し付けた。 「?」 とりあえず突き出されたそれを受け取るが意味がわからない。 重ねて、ムサシがストローを付きつける。
まさか。まさか、だ。 この場合。 自分の解釈は正しいのかと疑ってみるが。 ムサシは黙ってこちらを見るのみ。
渡されたストローを受け取り、パックに垂直にあてがう。 手許に、ムサシの視線が刺さっている。 こんな事で、動揺なんかするな、と震えそうな指に力を入れ。 突き刺して、ムサシに押し付けるように渡す。 ムサシの無骨な指が、パックを掴むヒル魔の指ごと掴んで、引いた。
何か。何か言うべきか。 触るな、とか不器用だ、とか俺を使うんじゃねえとか。 長い、と感じるような一瞬ののち、指が離れてムサシが腕を引く。
ストローが刺さったそれを、満足そうに見て。 それから視線をヒル魔に向けたまま、ゆっくり中身を吸い込んだ。 口内に広がった甘さのためだろう、少し顔を歪めながら。 「やっぱり、ストロー差すのって難しいモンね」 二人を観察していた栗田がそんな感想をつげ、ストローを口に含む。 ムサシを真似て視線をヒル魔に向けながら。
栗田とムサシの視線に、ヒル魔はじり、と後ずさった。 目の奥に笑いを含むムサシの目から逃げ。 何の意味も持っていない無邪気な栗田の視線から逃げ。
「てめえら、自分で開けられねえもん、飲むンじゃねぇ!」
蹴りあげる足をよけながら、二人は意地悪くヒル魔へ視線を向け続け。 妙な面倒見の良さを自覚させられたヒル魔は、二人へ罵声で応酬する。 そのうちにヒル魔の顔にまで照れが広がり、 ムサシと栗田が満足げ顔を見合わせて笑った。
結局。 彼らが卒業するまでの間。 自販機が入れ替わる事も無く、この場を守り続けたのだった。
750mlの瓶コーラ。西日の図書館。教室内の狭い机。
20050420
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<倉庫にモドル>
やまだ
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