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自分の部屋の中にヒル魔がいる。 それは、何度見ても随分奇妙で慣れないものだなとムサシは思った。
学校が休みでも、栗田やヒル魔と一緒に過ごす事は多い。 大抵が誰かの家に集まり持ち寄った雑誌をめくりながらだらだらと時間を過ごす。 ヒル魔は白紙に何ごとかを書き記し、データをPCに打ち込み続ける。 栗田は手にした菓子を口に放り、その合間合間に話を続けた。 会話は、途切れている時もあればひどく盛り上がる時もあり。 そのどちらも楽しかった。
お菓子が切れたから買って来るねと栗田が出て行き、会話は途切れたきりだ。 学校では多少の気まずさがあっても、不思議と休日にまでは持ち越さない。 「いつもとは違う場所で会う」事が、上機嫌にさせるからだろうなとムサシは思う。 時折紙をめくる音だけが沈黙を撫でた。ベットの上から、雑誌ごしにヒル魔の姿をぼんやりと眺めていた。学校であれだけ感じている居心地の悪さは、今は、無い。
春とは言え、そろそろ柔らかな日射しが熱を持ちはじめる頃。 ちょっとした陽気の中、狭い部屋に男が3人。それなりに熱気がこもる。 窓を開けても通気が悪いこの部屋は、正午を少し過ぎた今が一番熱をはらむ時間だ。手にした雑誌で軽くあおぎたくなる中で、ヒル魔の周りだけが穏やかだった。そこだけ温度が違うような顔で画面を眺めている様は見ていて、面白い。 男にしてはやけに細い指が見事にキーを操作する様も。 室内唯一の椅子を占領しているヒル魔の真剣な横顔も。 下から斜に見上げると余計に際立つ顎の細さも。
ふい、とヒル魔の片手が何かを探すように動いた。筆記具か、手が付けられずにいる麦茶のグラスなのか。探る指先が、何かにふれて、跳ねる。 「痛ってえ」 画鋲でも落ちていたかと身体を起こすと、いまいましそうにヒル魔は舌打ちをし、再び作業に戻る。 「どうした」 「何でもねえ。静電気だ」 へえ。 静電気。 気にした事もない言葉だった。 そういえば今時期は少しホコリっぽい。かもしれない。 試しにベッド脇のスチールパイプに手をのせてみたがうんとも寸とも言わない。 枕元の電気スタンドに触れて、その電球にも指を触れてみたが結果は同じだった。 「なんともねえぞ」 「バカか、体質も関係してんだろ」 言われてみれば、ヒル魔はいつも乾いている印象を受ける。尖った髪や態度や口調に関わらず。汗自体をかくことがひどく少なそうな、さらりとした肌をしている。気がした。 思ったうちに、触ってみたくなった。
のそりとベットから降り、ヒル魔の後ろから右手を延ばす。 「何だよ……つ、てえっ」 細い右の手首に触れるか触れないかのところで、ヒル魔の腕がびく、と跳ねた。 ムサシの指先には、ほんの少しぴり、と走っただけなのに。ヒル魔の目がぎり、と光る。 「何だてめえ!」 そんなに痛いもんなのかと、今度は逆の手を延ばした。逃げられる前に触っておこうと、髪の生え際に指を突っ込む。 「う、っわ……」 ぱちぱちと音がたち、ヒル魔は目を細めて身体を震わせた。やはりムサシの指先に残る電気の刺激はとても少ない。ヒル魔が言う通りに、体質の問題なのだろう。 面白い、とムサシは思った。 髪の中に指をすすめ、気泡が弾けるような小さな音を楽しみたい。 じり、と更に一歩近寄るとヒル魔はひじで応戦する。しかし、姿勢が悪い。椅子に座ったままのヒル魔と背後に立っているムサシでは。 体格の差も利用して、そのままムサシはヒル魔によりかかった。 「っつ、て、めえっ……」 無造作に髪をかき回すと、思ったよりも柔らかな髪の毛が指に絡みつき。手のひらに、指に、ちりちりと刺激を伝えてきた。ひとなでしただけでそれはすぐに治まってしまったが、手を引っ込めるのも何となく治まりがつかずに、そのまま髪の毛をかき混ぜ続けてみる。 「…っの、野郎!離せ!」 腕の下で暴れるヒル魔の腕はむなしく空を切り、何も無い場所をいたずらに殴る。 自分の固く太い髪質とはまったく違う感触が、面白いかった。 近所に住む、毛が長いあの猫を撫でるとこんな感触だろうな、と思う。 いつもの髪型も嫌いじゃあないが、別に下ろしていても構わんだろう。 「は・な・し・や・がっ……っ、………!!」 ムサシに完全に押さえられている身体が沈む。しまった、抜けられた、と沈んだ身体に合わせて腕を延ばす。椅子からずり落ちるように身体を逃がしたところまではヒル魔のねらった通りだろう。しかし、椅子のキャスターがずる、と滑り、ヒル魔はそのまま床の上に崩れた。むろん、ムサシはそうとはわからずにヒル魔をおいかけ。 薄い床の上に二人分の体重が音をたてて落ちた。
「ぅげっ……」 「おお、すまんな」 腕の下にヒル魔の上体を押さこむ体勢に、ムサシは面白い事になったなと思った。ムサシにとっては、何をするにの非常に都合の良い体勢だ。 ムサシの下敷きになったヒル魔は、這い出す事さえ出来ないだろう。 ここでこいつをうつ伏せにして、腕を取れば決まるな。 すでに当初の目的がなんだったのかを忘れ、ムサシはヒル魔の身体をいかに固めるかに集中していた。いつもは口で簡単に言いまかされるムサシにとって、ここは腕力でイニシアティブを取れるチャンスだ。 「いい加減に……」 組み伏せたヒル魔の顔が、ひどく近い。 睨みつけてくるその目に力が無いのは、そのせいなんだろうか? 互いの目線が絡み、ヒル魔が先に目をそらす。頬から目尻にかけて、ひどく印象に残る赤が散っている。
すぐ目の前のヒル魔の横顔に何かがひっかかってムサシはそのまま動きを止めてしまった。この顔は、あれだ、えーと。 「痛ぇえええっ」 こちらに向き直ったヒル魔の顔にはしてやったりの色が浮かんでいた。細い爪がムサシの腕に食い込んでいる。ひるんだ所で腕の下からヒル魔の身体がするりと抜けた。 「何やってんの?」 戸口からののんきな栗田の声に、ヒル魔がびく、と身体を向ける。 髪は派手に乱れ、床を転がったせいで服もよれている。両手で二の腕を掴み、うろたえたように栗田をみあげるその顔は、予想するような怒りは浮かんでいない。 用心するように、足だけでずるずるとヒル魔は床の上を移動し、ムサシから距離を取っていく。けれど、いつものような罵声も睨みも飛んでこない。 そう。
怒っているようには感じられない。
ムサシの顔に笑みが広がった。 「おう、栗田。こいつ面白ぇぞ」 「何、言って……」 「頭触ると、静電気すげぇ」 「ああ、乾燥してるもんね」 コンビニで買い足した菓子を袋から出しながら、のそのそと栗田がヒル魔に近寄る。 「あれ、でもヒル魔、めずらしいね」 身なりを整えているヒル魔の手を、ひょいと栗田が取って首をかしげる。 「手、すごく汗掻いてる」 治まりかけたヒル魔の顔色が再び変わり。 怒鳴り散らされる前にムサシは栗田へ声をかけた。 「栗田、そっち押さえろ」 「え?こう?」 「そこどけ、糞デブ!何してやがる!」 座った状態で栗田によりかかられれば、まず、動けない。 「いや、こいつの髪がな」 「どけ、栗田!てめえ後で覚えてやがれ!」 「あれだ。パチパチ君だ」 「うわ、ムサシそれ古いよ」 がんがんと肘や足で抵抗するヒル魔を気にもせずに、栗田はスナックの袋を開ける。 「もう少し待ったら充電できるぞ」 「テメー、どけ、畜生!!」 ヒル魔の手が届かない距離を保ちながら、今度はどこを触ってみようかとムサシは考えた。 耳が、いい。 どうせなら滅多に触れない所が、良い。 ばさばさと乱れた髪が顔にかかるのは新鮮な眺めで、二人は抵抗する凶悪な友人を楽し気に眺めていた。 「……っ、デブ、このっ」 「無駄な抵抗だな。諦めろ」 結果はどうあれ。ヒル魔に対してせっかく取った好ポジションだ。 「栗田、のっかれ」 「てっめ……」 盛大なヒル魔の怒声。 気にせずに菓子を食べようとして、あたりにまき散らす栗田。 それを眺めるムサシと。
あんたたち、いい加減にしなさい! 階下から、ムサシの母親が怒鳴る声も含めて。 彼らの休日はこうして過ぎる。
栗田がおぼっちゃまくんにしか見えない時がある。 ムサシはどう見ても銭形かゴルゴ。 ヒル魔はラムちゃん。 すごい面子だよこれ。
あと、ムサシの毛って凄いと思う。全身。くまなく。 あと、先週のジャンプで大発見。ヒル魔の目、青いよ!びっくり!
20050418 上記発言は書いた当時の物です。……ばか…。 言われて気がついたので追記。当時の私の脳みそになんか虫が沸いていたとしか思えませんが、ゴルゴは13です……。ばか……。 過去の自分の恥じに今の自分がやられてしまうとは思いませんでした。 next>>[余熱] back<<[甘物] <倉庫にモドル>
やまだ
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