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2002年04月12日(金) [甘物]

このところ、二人の様子がちょっと変だ。
栗田は、ここは自分がなんとかしなくちゃね、と考えた。
でも、何が変だと言うわけじゃない。
何だろう。

元々ヒル魔はあんまり目を合わせて話しをしない。
ムサシだって、元からそんなにしゃべる方じゃ無い。

だから、二人の目が合ってもすぐに逸らすのもいつもの事だし。
ムサシが話し掛けようとして、途中でやめるのもいつもの事。
だから、別におかしな所は無いはずなのに。

二人の様子が、「ちょっとだけ」変だ。
栗田は首をかしげた。

喧嘩をしたようにも見えないし、
仲が悪くなってるようでもないし。
ぎくしゃくしている割には、いつも一緒にいるみたいだし。

何だろうなあ。
栗田は選んだ商品が運ばれてくる間中、出口の見えない問題に首をかしげた。





今日も外は春の雨。水音も立てずに無数の細い糸が地に落ちて行く。
雨という気配を感じさせない程のひそやかさで、水の気配だけが濃く
立ち篭めていた。
部室が無い現状では、教室でだらだらと過ごす以外にする事がない。
面倒臭くて、帰ろうと思ったのに。
栗田が待っていてくれと言い残して、出て行ってしまう。
ヒル魔はため息をついた。
すぐそばのムサシに聞こえないように、小さく、小さく。

昨日は恥ずかしかった。
うかつに口に出さなくて、本当によかった。
「手弁当」。
知らない言葉をムサシが口にするので、なんの気なしに、検索してみた。
けれど、よくわからない。
手作りの弁当でいいのかと検索語を変えてみた。
そのうちに。
実は別の意味があるんじゃないかと調べてみた。
結局、自分が考えた意味は見つけられず。ムサシを相手に、バカな想像をしたという事実しか残らなくて。
はずかしくて、顔が火照った、昨日の放課後。
何を考えていたかなんてばれるはずも無いが、さすがに顔を合わせづらい。
そんなこちらの都合も知らずに二人きりにさせた栗田が憎い。
何やってんだ、あのデブは。

突然席を立ったヒル魔を、ムサシは驚いて見上げた。
「どうした?」
「ちんたら待ってられるか。ちょっと見てくる」
じゃあ、俺もと声をかける前に教室から出て行かれる。
なんだかよそよそしい態度は昨日から続いていた。
まさか、パソコン見たのばれてねえよな。
こちらも弱味があるので、強気にどうした、と聞く事も出来ない。
どうしたもんか。
ぎしり、と椅子を傾けさせて後ろの机に寄り掛かった。
ひっくり返る程に反り返って、足を前の机に乱暴にのせる。
学年中から恐れられているあのヒル魔が、最近やけに気にかかる態度を取る。
意外にあいつと気が合うとわかったのは随分前で、親しくなってからはどんどんその距離が近付いた。
近付いたと、思っていた。


まさか、嫌われちゃいないよな。
そう考えてみると、心当たりがいくつもあった。
いつもこちらを見ているようなのに、顔を向けるとすぐに逸らされる目線。
何かとぎゃあぎゃあ噛み付いてくる口調は普段からなのに、自分に対しては、どこかよそよそしい気がする。
登校中も、すぐそばにいる割には声さえかけてこない。

……嫌われてんのか。

それは、そう思う事は、とても胸に重く沈んだ。
いつのまにか、親しくなる事はあっても。
自分から働きかけて距離を縮めようとした事はあまりない。
いや、全くない。
だから、悩んでいる。

嫌われたく無いと思うのも。
もう少し親しくなりたいと思うのも。

全部、初めての事だけに方法がわからない。

人の懐に入るのも、弱味を握って主導権を掴むのも、弱々しく見せて虚をつくのも、あいつはとてもうまくこなす。そんな相手が自分に対して距離を置いているのだ。
どううまく立ち回ろうとも、その距離は一生縮まらない気がした。

「おまたせー。あれ、ヒル魔は?」
がらりと戸が引いた者にすがるように目線を延ばしたが。
それは、望んでいた人物ではなかった。ため息がばれないように、机から音をたてて足を下ろす。
「ああ、遅いから探しに行ったぞ」
「えぇ、行き違いになっちゃったかな」
そんな事は無いだろうなと少し思って、ムサシは自分で考えを打ち消した。
「待ってりゃ来るだろ」
栗田の両手の荷物を見て、正直げんなりしながらそう答えた。
こいつも、悪いやつじゃないんだがな。
なんだってこうも甘い物が好きなんだ。尋常では無い量の甘物に自然と片眉があがる。
「えーとね、ヒル魔と、ムサシの分もあるよ」
ぐえぇ、と声にならない呻きをかろうじてのみこんだ。
「用って、何だ」
箱を開けたとたんに広がる独特の臭い。
鮮やかに飾られた甘い凶器はショーウィンドウ越しに眺めるものであって、食べる物じゃぁ、ない。
にこにこと一つ一つを並べながら栗田はその商品の説明を始めた。この上なく楽しそうな笑顔を浮かべて。
まさか、ヒル魔は逃げたんじゃないだろうな。と考えて、もう一度打ち消す。
あいつは、少なくとも栗田の事はとても気に入っている。
「なんか、ここのところ、練習できないからストレスたまってるンじゃないかなって思ったんだよー。甘いものって、ストレス解消に良いからね!」
ムサシにとっては、皿の上がまさにストレスの塊だ。
「あとね、飲み物。コーヒー切れててこれしかなかったんだよ」
どん、と置かれたのは見た事も無い甘ったるそうな飲料が2本。そして、濃縮還元の果汁飲料。
せめて、これで流し込むしかねえなと、手を延ばしかけて。
ふと、ヒル魔はどうなんだろうと思った。

あいつが、甘い物を食べているところが想像できない。
何となく、甘味が全面に押し出されたパッケージを選んでいた。
我慢すりゃ、飲めない事はないだろう。
覚悟をきめた時に、教室にふらりとヒル魔があらわれた。
「おう」
「ヒル魔ー、どれ食べる?」
指差す先を見て、思った通りにヒル魔は苦々しそうに眉を寄せた。
ヒル魔の制服の肩から背中にかけての色が濃い。いくぶん髪がしんなりと柔らかさを含んでいる。外に、おそらくは屋上にでも行っていたんだろう。そうして、栗田が帰って来るまで時間を潰していた。ここで、二人で過ごさなくてもすむように。
だから。この大量の甘物を見ても、驚かない。
どこかで栗田が戻ってくるのを見ていた証拠だ。

ヒル魔の行動を予想して、そんな卑屈な考えに自然と眉が寄った。
これは考え過ぎって奴なんだろうか?
「甘くねえやつ」
「じゃあね、これとこれ」
「……」
ぱくぱくと口を開いて、閉じて。いまいましそうに音をたてて椅子に座るヒル魔。なんだかんだでこいつも、栗田には甘いのだと思った。
ぐさりとフォークを突き刺して、丸ごと持ち上げた甘物の端に噛み付く。食いちぎるかのような食べ方を見せ、ヒル魔は甘ぇ、と呻いた。
「えー、それ、甘さ押さえたやつだよ?」
やっぱり、甘い物は苦手なのか。
ヒル魔とは目が合わない。ヒル魔が顔を向けようともしないので、むしろぶしつけに眺めてみた。流し込むように果汁をあおり、ふうと息をついてフォークの先の残りを一気に飲み下した。
「あー、アイスもあるんだよ!来る途中で理科室の冷蔵庫に入れてきたの。取って来るね!」
ばたばたと教室を出て行く栗田。その慌ただしい足音にかき消されても良いのに。小さな舌打ちをムサシの耳は拾ってしまった。
甘さに対する、苛立ち。だと。思う事にしたい。

教室には静けさが戻った。皿の上のひとつを片付けたヒル魔は、口の中の甘さを押しながすように続けざまに果汁をあおる。そうして、その視線が、手付かずのこちらの皿を捕らえた。
手にしたものの、すぐに飲む気にもなれなかった甘味飲料水を、見ている。
「てめぇ、甘いもん平気なのかよ」
「ん?ああ」
言われて何気なく口をつけ、想像以上に濃厚な甘さにむせ返った。
下を向いて、げほげほと息を整えているムサシに上から声がかかる。
「無理してんじゃねえか」
「い、や。気管に入った」
「嫌なら嫌って言えばいいじゃねえか」
「別に」
「何でそっち選んだんだよ」
ぼそりと小さいつぶやきは。咳に打ち消されてしまうほどだったのに。
小さな小さなその言葉を、ムサシの耳は拾っていた。
思わず顔をあげると、驚いたようなヒル魔の表情がそこにあった。聞こえると思っていなかったのだろう。
「何でって」
虚をつかれ驚いた顔はしばらくぽかんとこちらを眺め、それから急いで目がそらされる。その仕種で、自分が聞き間違えていない事を知った。ヒル魔の目はどこかに逃げたきり、こちらを見ようともしない。
何だってこんなに避けられているのかが気になった。
避けられていると言うより、むしろ逃げ腰と言った方が近い。
こんなに凶悪で。誰からも一目置かれているこいつが。
俺に逃げ腰になる理由は何だ?

「何見てンだ」
ふと、気がついた。こいつは俺に対して、なにかと距離を置こうとするのに。そういえば、逃げられた事はない気がした。ヒル魔の手腕ならば、完全に俺を避ける事も簡単だろう。
栗田と二人でつるむ事も可能なはずだ。登校中に俺をみつけて、嫌だったら道を変えればいい。何だ。混乱する。
「お前…………甘いもの苦手だろ」
「……だからどうした」
だからどうだっていうわけじゃない。
普段使わない頭で物を考えると混乱するだけで、埒があかない。
「やっぱりな、って思った」
ぎ、と睨まれた。
その睨み付ける顔に迫力がないなあとぼんやりと思う。
どうしてだろう。のんきにそんな事を考えてヒル魔を見る。
そうして。ムサシははたと思い付いて口を開いた。
「顔、赤くねぇか?」
その言葉が何かのスイッチだったように、ヒル魔の顔が色を変えた。
そうだよな、冷静に凄まれるから恐いんであって、こいつが顔赤いとどうも迫力が出ねぇ。
見つけた答えは今日一番のひらめきだろう。自分にしちゃ、上出来の答えだ。
みるまに耳の先までが赤く染まったヒル魔は、ふるり、と身体を震わせ。
「甘いもんが苦手で悪いか、残りは全部てめぇが喰え!」
皿に残っていた甘さの塊が、ムサシの手付かずだった皿の上に勢い良く押し付けられる。
ど真ん中にフォークが突き刺さったそれのおかげで皿の上には恐怖の小山が完成していた。
が。
「いいか、栗田が来る前にその皿、全部片付けろ!俺は甘臭ぇもんが、大嫌いだ!」
一口噛み締めて、甘ぇ、とムサシは呻いた。
何かを考えていたと思うが、脳天をつくような甘い刺激が強すぎて、思い出せない。
色々考える事はあったはずなんだが。
「砂糖が脳に回って、死ね」
ヒル魔は言い捨てると、こちらに背を向けてしまう。
足を机の上に投げ出し、それきり何も語らない。
甘さに耐えながら咀嚼する音だけが雨音に混じった。

しばらく間を置いて、ヒル魔がため息をつく。顔に差した赤みは大分落ち着いたようだ。
遠くから栗田の足音が近付いてくる。その足音に混じり、小さな、小さな音をムサシの耳が拾った。
それは、本当に小さくて。
吐息とは、こういうものかな、と考えて、ムサシはがりがりと頭を掻いた。

うまくいかないだけでなく。
この間から、何かおかしい。














ヒル魔はねえ。あんまりムサシの前で恥ずかしいと、目から☆が出ます。
効果音は、ガン!で。チカチカで。少女漫画で。恥ずかしくなれ。



20050418 

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