INDEX西部オフライン

2002年04月10日(水) [靴紐]

校門の前でいつものように少しだけ時間をつぶす。
ヒル魔はため息をついた。桜もだいぶん散り、
足下にちらばった白い残骸をやつ当たる気持ちで踏みしめる。
そろそろ、いいか。
遅刻しない程度には急がなけりゃならない。
この面倒臭さが、自分の行動の不可解さを全部表している気がする。

軽く下駄箱へ走り込み、いつもの位置に手をのばすと。
「おっ………う」
そこに、機嫌が悪そうなムサシが、立っていた。
「な、なんだよ」
とっさに、両手を上着のポケットにつっこんだ。
薄い鞄をひじで支え、できるだけ自然に見えるように胸をはる。
ムサシからの言葉はない。何かまずいことでもしただろうかと、
思い返すが見当もつかない。
めったに感情を出さないムサシが、眉根にしわを寄せて。
不機嫌そうに俺を見ている。
「そこどけよ。靴出せないだろが」
乾きそうな咽で声を絞り出した。ただでさえ、ムサシといる事は
緊張が続くのに。
正面からこうして黙って立たれては決定的に間が持たない。
ムサシの顔を、まっすぐに見ることさえできないのがばれてしまう。
そろそろ周囲の空気が慌ただしい。
遅刻のリミットが近いため、二人に構う者はいなかった。
むっつりと黙ったまま、ムサシはヒル魔の足下に靴を投げた。
うっすら灰がかかった上靴に、「蛭魔」の名前がにじんでいる。
俺の、上靴。
「な、んだよ」
ムサシの意図がつかめないまま、それを足で引き寄せ、
つま先だけを乱暴につっこむ。紐靴はそう簡単に足の侵入を
許してくれず、ヒル魔はつま先で床を何度もたたいた。

唐突に、ヒル魔の足下にムサシがしゃがみこむ。
足首をつかまれ、反射的に逃げようとするが、両足を固定される。
つんのめり、ムサシに倒れそうな体をなんとか支えたとき、
ヒル魔は今度こそ、体をこわばらせた。右足の、靴紐がほどかれる。
「足、入れろ」
「あ、ああ……」
素足だった事を後悔した。
じかに肌に触れてくるムサシの手のひらが、やけに熱い。
伝染するように、体を熱が走り回った。ムサシが。俺の靴を。
足下にしゃがむその大きな背中は、自分の靴紐を結ぶためだけに
丸められている。

なんだ。何が起きているんだ。
抵抗できなかった。今、顔をあげられては困ると思った。
随分時間をかけて右足が終わると、今度は左足の紐を引かれた。
乱暴にされたため紐がからまり、ムサシがため息をつく。
その息が。足に触れる。
熱い。
たかが、靴をはかされているだけなのに。
こんなにも動揺する方がおかしいのに。

息があがる。
こめかみを流れる血流の音が聞こえた。
たまらず、目をそらして息をはいた。
ポケットの中で握りしめた両手は、とうに汗ばんでいる。
目を閉じ、目を開け、目のやり場に困って、上を向く。
あたりに、生徒の姿はない。
落ち着け、と自分に念じる。

しばらく足下でごそごそとしていたムサシが、ようやく立ち上がる頃。
まだ頬が赤い自覚のあるヒル魔はうつむく事しかできない。
「手、出せ」
やばい、と思った時には両手をつかみあげられていた。
どさり、と鞄が足下に落ちる。
なんだこいつは。
朝っぱらから人の足を触って、今度は、手を、と。
罵る事さえできなかった。
ムサシの視線が、ヒル魔の指先で止まる。
肌の色に近いテープが両手の何本かの指に巻かれていた。
一つは、はっきりと血が滲んでした。
ため息をつかれ、ヒル魔は両手をふりほどいた。
「なん、だって」
「昨日の練習だな」
言葉につまる。
「感触がおかしかった。すまない」
「別に、てめぇのせいじゃねえよ」
昨日。キックの練習中に日が暮れた。
それでもお互いに途中で止めるのがもったいと練習をくり返した最中に。
何度か、ムサシに蹴られていた、指先。
あれほどの破壊力は、武器なのだから。
たかが指先の怪我ぐらいで、ためらわれちゃ困るんだ。
そう、言いたかった。


ヒル魔は、鞄を拾うともう一度両手をポケットにつっこんだ。
「上手くなりゃいい。お互いにだ」
「痛くないのか」
「大したことねえよ」
ムサシのため息には、少し安堵が混じっているようだった。
『いつまでも蹴られてる俺じゃねえ』
『これは貸しだ』
いつもならぽんぽんと出てくる言葉が全部咽で凍り付く。
心配、していんだろう。ムサシが。俺を。

嬉しくて、恥ずかしくて、黙っていると、つまらない事をしゃべりそうで。
とっさに、靴紐を見た。
ぎゅうぎゅうと締め付けられて、あまった紐が踏み付けそうなほどに長い。
「不格好だな」
自分の事も言ったつもりだった。ムサシの不器用さにかけて。
返事がないので、ふと顔を向けると。
そこに、顔をそむけるムサシがいた。そむけている、首までが赤い。
「俺は、お前程器用じゃねえんだ」
自然に、笑えた。
おかしな空気の、出口が見えた。
「はは、確かにてめえは、器用じゃねえな」
照れを隠すようにムサシは足下の鞄を拾い上げ、先を歩き出した。
誰もいない廊下を歩くムサシの背中を見ているのは、
自分だけだと思うと急に気分が良くなった。
その背中が、少しこちらを向く。


「ヒル魔。」
「あん?」
「朝は、声ぐらいかけろ」
今日、何度目かの驚き。まだ朝だというのに。
予想もしない驚きを、こいつは何度放り投げてくるつもりなんだ。
立ち止まらずに教室へ向かうムサシの背中を。
顔の火照りがおさまるまで、ヒル魔は追い掛けることができなかった。






青春万歳!
あー、指先だけでこんなにきっついんです。ヒルが足首を怪我するなんて耐えられません!ひい!

今、せっかく波なんだから。現時点ねたとかでいってみてもいいのか。
学生か。ガクランか。
でもはずかしい。ポケットとか下駄箱とか。
恥ずかしいよ。もうおばさんだよ。









20050411

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やまだ