INDEX西部オフライン

2000年10月10日(火) クリーニング




「なんだこりゃあ」

少し前の週末に、武蔵は結婚式に呼ばれた。家をたてる家業であるため、人の祝い事には縁がある。身内の結婚式とは違い、親の変わりの式ともあって数日たてば記憶は薄れた。ヒル魔が手にしているのはその時に着たまま放置されたスーツ。ハンガーにかけておいたつもりだったが、掛け方が悪いとかで随分皺が寄っていた。
丁度部屋に顔を出した母親にだらしがないとため息をつかれ、クリーニングに出すからポケットの中身を出すように言われる。
面倒だったので逆さに振って、散らばったがらくたの1つに対してヒル魔の台詞が冒頭のそれだ。

「あーー……?」

切符、小銭、レシート、ライター、ガムの包み紙。何故か折り畳まれた式場の箸袋。そして、武蔵が摘まみ上げた、モノ。

よくまあ1日しか着ていないのにこれだけがらくたを詰め込んだもんだ、と。思う武蔵の目の前でヒル魔が拾った物をちらつかせる。

数枚綴りのコンドーム。

何分、1週間以上前の事なので武蔵にはとんと覚えが無い。
なんでそんなもんを背広のポケットに入れたんだろう。
着る直前までクリーニングの袋に包まれていたそれは、袖を通すまでポケットの中身は空だったはずだ。

「クリーニング店が気を利かせたのか」
「んなわけあるか!」

ヒル魔が投げ付けたそれは武蔵の顔にあたって落ちた。
相変わらずの見事なコントロール。こんな投げ難いもんをよくまあ上手い事当てるもんだと感心さえする。
身に覚えが無いのだから、隠しだてするような事も無い。大体封を切っていなかったのだから使わなかったという事だろう。改めて床の小物を拾い集めるとヒル魔が先に箸袋を拾った。
小さく折り畳まれた白い紙は、厚手でところどころに赤と金の線が見える。ああいった式場ならではの箸の袋がなんで入っていたのだろうと武蔵は首をひねる。ヒル魔の手により開かれたそれには、更に覚えの無い物だった。

「こりゃ、何だ」
「……なんだろうな」

明らかに男の物ではないような名前と、すぐ下に書かれた数字の羅列090から始まるとなれば、意味している事は1つだけだ。

「………知らねえぞ」
「随分都合の良い頭だな」

本当に、覚えが無い。同じテーブルに着いていたのは仕事の義理が絡んだような年輩の者ばかりだった。少し離れたテーブルから、ビールを持って近付いて来た女の集団がいたにはいたが、特に話す事もなかった。二次会にも出てはいないし、武蔵にしてみれば意味が分からない。

「随分もてるもんなんだな、棟梁代理」
「お前、なんか誤解してるぞ」
「じゃあなんでこんなもん入っていたんだ?」
「………知らん」

武蔵は当日の記憶を切れ切れにつないでみる。義理が終わればと早々に帰り、そうだ、この日はヒル魔の家に向ったはずだ。けれどヒル魔とは連絡がつかず、部屋の前まで出向いたもののそのまま家に帰ったはずで、そうだ、コレは自分で買ったのだ。

口に出せば殺されるだろうから武蔵は黙っているものの、ヒル魔は俺に惚れている。

好意の表現が世間と多少違っているだけで、多少攻撃的ではあるが、多少自惚れも混じってはいるが、総合的に自分はヒル魔に好かれている自信がある。学生服に欲情したと言い部室でやらかし、練習中にも服を着たままやらかしたし、押し入れから引っ張り出したガクランを羽織っている内にそうなった事もある。
こいつは案外シチュエーションに凝るのが好きで、だからこの恰好も見せたかった。見せれば当然ソウなるだろうから、事前にコンビニで用意したのだ。かさ張る箱はすぐに捨てて、中身をポケットにねじ込んだ覚えがある。

そうだそうだ、そうだった。

武蔵的には合点がいった。
思い出すために眉間に寄っていた皺が、ゆっくり弛んで強ばりが解けた。
放り込まれた箸袋には何の心当たりもないしやましい所もない。おおかた誰かの悪戯だろうが、ゴムに関しては原因が分った。スーツ姿で会えば多分ヤれると思ったから準備したのだ。そうだ、そうだと1人納得した武蔵の顔が、ヒル魔にはにやけて写ったらしい。

「エロ爺」

一言だけ言い捨てると、そのまま背を向けて黙り込んだ。
正直に言えば冗談ではなく、殺される恐れがある。本人にしてみれば隠しているつもりらしいが、周りにばればれなんだと言えば、しばらく行方をくらましかねない。
どうするのが一番無難な方法だろうかと再び武蔵が考え込むと、ヒル魔がもういいと先に会話を切った。納得した訳ではないのだろうが、追求する気も失せたのだろう。母親が入ってくる時同様、こちらに背を向けてパソコンの画面から目を離さない。背中から立ち上がる空気は見事に冷え冷えとしたもので、不機嫌なのは明らかだった。

肝心な所は適当にぼやかし、「お前に使うつもりだった」と言えばどうなる事だろう。
言い訳だと取られるかもしれない。ふざけるなと逆に切れられるかもしれない。
ヒル魔の逆鱗は妙な所にある。何がどうこじれて行くか、短い付き合いではないが未だに判断しかねる時がある。
まあ、ヒル魔が「女とヤった」と勘違いするのならば、それはそれだけヒル魔が武蔵を「もてる」と見ている意味でもある。わざわざ弁解しなくとも、それはそれで良い勘違いとも言えないだろうか。
物事を自分に都合良く判断し、武蔵も特に弁解はしなかった。


いつもなら興味が無い事はすぐに無いものとするヒル魔だったが、この時ばかりは様子が違った。

しばらく時間がたつと思い出したように引っぱり出すので、「妬いてんのか」と言えば更にしばらく不機嫌が続いた。お前は俺の部屋に何をしに来ているんだ、と思う程に背中ばかりが向けられる。
黙っていても口に出しても結局は同じ事なのだろうと思ったままを正直に言うと、一瞬惚けた顔をしてから、阿呆じゃねえのかと真顔で一蹴された。

「寝言は寝て言え」

怒っているのかと思う程に顔を歪めたヒル魔の返答。やはり武蔵に背中を向けて、パソコン画面から離れない。
けれど怒っているようではなく、3度目の不機嫌とはならなかった。
最初から素直に言えば良かったのだと武蔵は1つ学習した。












20080306


やまだ