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ヒル魔が、おかしくなった。 あまりに自分に都合良い展開だったからあまり気にも止めなかったが目の前で起きた現実は残酷だった。ヒル魔特有の挑発行為か、ひっかけか嫌がらせ。そんな考えがまっ先に浮かぶが演技には見えないとろりとした顔に本気なのだと思いしらされた。
ヒル魔はこちらを見もしない。目の前の。ついさっきまでこちらに向って語りかけていた、その口が今見知らぬ男の唇をむさぼっている。
相手も随分と驚いたのだろう。ぽかん、と突っ立ったちされるがままだった。 場所は家から少し離れた横断歩道。信号が青になるまでの、ほんの短い時間だった。 自分だけが目にする幻なのかと思いとっさに車道の向こうに目を向けた。同じように信号待ちをしている学生達がこちらを指さして驚いていた。 まだ本調子ではないのかと添えられていた武蔵の片手は、ヒル魔の片手を握ったまま。 武蔵のすぐ隣にいながら、ヒル魔は見知らぬ男に欲情していた。
脳の損傷は、人にどんな影響を与えるか分からない。
見た目は全く正常でありながら、ヒル魔の内部は激変していた。 多淫症。異常性欲。色情症。 学名や定義等は知られていても、治療の方法となれば困難であるとされる病。 ましてヒル魔は脳に損傷がある。治す、という事は不可能に近い。 どこを回っても最後に告げられる言葉はそれだった。
どうすればいい。
ヒル魔の言動は一点をのぞいて終始はっきりしていた。 知識も判断力も哀しいぐらいに以前通り。 なのに武蔵におかしいと指摘されるまで、自身の異常には気がつかなかったらしい。 事故前の生活と事故後の生活。それがどれだけ変わったのか。 今迄は全くあり得なかった行動を今のヒル魔がとっている事。 主観を交えず、できるだけ客観的に何度か繰り返すとようやく理解したらしい。 理解、というよりは学習、かもしれない。
「今迄、文句なんて言わなかったじゃねえか」
脳の損傷はヒル魔の意識を根底から変えたらしい。 今のヒル魔の「認識」の中で、欲情する事は不自然では無かった。 屋外だろうが室内だろうが、相手が誰でもどんな時間でも身体が欲すればそれを解消する。それが「普通」だと認識している。それらはヒル魔にとっての「日常の範疇」。 武蔵に対しての罪悪感やモラルや常識、そういった今迄あったはずの知識はその「認識」の上に積み上がっていた。
「それで、テメーはどうすんだ?」
ヒル魔の「認識」からすると、豹変したのは武蔵の方らしい。 呆れたのか、捨てるのか、別れるのか。ヒル魔の目はそれを聞いていた。
どうするのか。どうすればいいのか。
ヒル魔を保護する人間が一瞬でも目を離せばヒル魔の全てが地に堕ちる。 性的な道具になりさがり、欲しいままに相手をくわえこむ。 飢えを満たすためなら何でもする。 どこであっても誰であっても満足できれば構わない。 ヒル魔が恨みを買っている相手は少なく無い。こんな症状を知られれば、想像する中で一番の「最悪」が現実のものとなるだろう。
1人で抱えるには重すぎた。 治るみこみは全く無い。 この異常な状態を異常だと思ってもいないヒル魔を守り続ける事。
できる訳が無い。
手を離すか。ここから逃げるか。 強く脳裏をよぎるその言葉を否定したのはあの一瞬。 武蔵の腕に手を添えたまま、何1つ躊躇せずに隣の男にも腕を絡めた。 そうする事が自然のように唇を合わせ、見知らぬ男の背を抱いていた。
あの時の驚き。そのあと沸き上がった感情のうねり。 嫉妬でも怒りでも何とも名のつけられない強い衝撃が武蔵を動かし、気が付けば男を殴り倒していた。 驚いたようにこちらを見上げ、ポカンと口を開くヒル魔の頬も返す手のひらで殴りつけていた。
あの感情がある限り。 俺はこの手をきっと離せない。
学校には事情を話し、更に1ヶ月の猶予をもらう。 ヒル魔がどれだけ我慢出来るのか。 何をしてやれば満足なのか。 我慢させ続ければ何が起きるのか。
徹底して調べ尽くした。
最短で50分前後。最大で5時間弱。天候や体調にも左右されるが、これがヒル魔がはっきりと意識を保てる限界の時間だった。 時計が見えている場合(時間の経過をはっきりと把握している解き)は、この時間が短くなる。 太陽が隠れるとやはり時間は短くなる。 何かの対象に欲情するのではなく、身体が欲情するのが先らしい。 それを慰めてくれるのならば、人でなくても身を擦り寄せる事。 一度欲情してしまえば、我慢する事は不可能である事。 十分に満足させれば次の欲情までの時間はある程度伸びる事。
欲求を我慢する理由をヒル魔が理解出来ない事。
ランニングや水泳など、運動させると我慢の時間も伸びる事。 射精しなくとも満足出来る事。 粘液の刺激に酷く弱くなっている事。
今迄の普通を否定され、新しい常識を教え込まれ、ヒル魔は新しい「認識」を打ち立てた。 「武蔵は俺の事が好きで好きで仕方ないから一人占めしたい」 そうなんだろ?と問われた時否定も肯定もしなかった。 正直に言えば殴りたかった。 誰のせいでどれだけこっちが苦労していると思っているのか。 では、どうしてヒル魔のためにここまで苦労を続けているのか。 理由を考えるのはやめている。 不愉快な結果が出るような気がしたからだった。
ごろごろと床の上を転がりながら、ヒル魔が飽いたような声を出し始める。 「おい、武蔵……」 閑を潰すためだけにでも、今のヒル魔はセックスをねだる。 あぐらをかいた武蔵の股間に頭を潜らせてジッパーを下げる。 洗いもしていない武蔵のモノを引き出し、しゃぶり、口に広がる精液によがる。 しつこくキスを繰り返すと、それだけでヒル魔の身体は力が抜けるようになった。 口に指をつっこむだけで、欲情のスイッチが入る。 食事時に、スプーンや箸をしゃぶる時の目つきがおかしくなる事もしばしば。 我慢できるように訓練するぞと言えば不思議そうに首をかしげる。 仕方がないのでそういうプレイだと説明した。 我慢したほうがもっとヨくなる。 ヒル魔はそう「認識」したらしい。
毎日の過度な性行でヒル魔は明らかにやつれていった。 食欲よりも性欲が強く、ともすれば忘れがちにさえなった。 盛っている時はその辺につないでおけばコトは足りる。 普段からあたりに転がるようになった道具相手に1人で処理する。 3度の食事をしっかり取らせる事。ただそれを覚えさせるだけでまたたくまに1ヶ月が過ぎた。
部屋の中で恥じらいもなく、大きく足を開いて喘ぎはじめる。 辺りには終始色とりどりの玩具が転がっている。 道具よりは生身を好むがさすがに武蔵も体力がもたないと悟り、文句を言いながらそれらを使う。 やりたい時にやりたい事をする。 ヒル魔を見ているとそこに罪悪感や羞恥は無い。隠す事もなく、食事をするように身体をくねらす。
慣れるもんだな、と武蔵は思った。 今迄やってきたセックスがあれ程楽しかったのはそこに見えないルールがあったからだと今ならわかる。 背徳感やタブ−を破る楽しさ。緊張感や欲求不満。それらが解決した時の爽快さ。 そんな物が全て消えた。 あるのはただお互いの身体。 腰の辺りに生暖かいものを感じて武蔵が目を覚ますとヒル魔がそこから口を離して笑いかけた。 「もうちょっと寝てな」 何をどう理解したのか、今の所ヒル魔は武蔵以外とやってはいけないという新しいルールを飲んでいる。 学校は今日から。ヒル魔の新しい「認識」の中では今迄も学校には行っていたらしい。 ようやくこれで外に出られるとヒル魔もこの日を楽しみに待っていた。 この先の苦労を思い、武蔵がついたため息は妙に荒く喘ぎに近い。 枕元の時計を引き寄せ、時間を見せる。 「さっさと済ませろ」 ヒル魔は楽しそうに笑って応えた。 セックスを与えていれば、それだけでヒル魔の機嫌は保たれる。
学校。
今の武蔵にしてみればルールだらけのがちがちのその中で、ヒル魔がどんな行動に出るのか。 考える事さえ出来ない程に、武蔵は疲労しきっていた。
「あっ………、じゅ……も、じ……はっ……」 2時間目が終わった所で武蔵はヒル魔を抱えて走った。 周囲を見回す目の色が違う。登校してから約2時間半。よくもった方だと思う。 「あぃ……つ、前からやっ……ん、のが、好っ……」 機嫌が良い時、ヒル魔はセックスの最中によくしゃべる。 まだ大丈夫だな、と武蔵は無機的に腰を動かしながら思う。 語られているのはヒル魔の「認識」の中での学園生活だ。 知り合いの男とは、ほとんど関係を持っている事になっているらしい。 この時間は使われていないらしい理科室の片隅。 それでも誰かが入ってくる可能性を恐れて机の影に隠れての行為。 以前ならば、酷く興奮したシチュエーション。 「終……って、から、聞くんっ、ぁんっ……!」 抱えられて移動する間、ヒル魔は武蔵のブレザーを脱がす。 ネクタイを引き、ワイシャツのボタンを引きちぎり、現れた肌に舌を這わせる。 「何て、聞いたんだ」 ヒル魔の機嫌を損ねるのは恐い。 武蔵は聞きたくも無い質問を口に出した。 「良、……った、か、って……」
現実に起こり得なくても、ヒル魔の中では全て「事実」だ。 ヒル魔にとって学校は「やりたい放題」の盛り場だった。 隣の席や前後の席。そこに座る男達と複数のプレイを楽しかったと語る。 体育の最中、校庭の真ん中。 授業の途中で、休み時間に。 あまりうるさいと教師に教室から外に出された、とケラケラ笑いを交えて体験談を語り続ける。 ヒル魔にとっては楽しかった思い出の回想。 不満等一瞬たりとも感じなかった日々。 噛み締めるように、またその日々を味わうように、ヒル魔は何度も武蔵に語る。
そして武蔵に長く説教をする。 今迄好きにやってきて、特にトラブルらしいもんは無かった。 俺はそんなヘマはしねえ。 だからお前も神経質になりすぎるな、と。 だから俺を学校に行かせろ、と。繰り返されるのは説得と懇願。
ヒル魔にとっては事故の前にも後にも何も変わった事はない。 強いて言えば変わったのは武蔵。だからすぐに苛立って喧嘩になる。
「てめぇ以外のヤツとやって何が悪い!」
外に飛び出しかけるヒル魔を武蔵は力づくで止める。 暴れるヒル魔に毛布を巻き付け、その上から紐で縛り柱や本棚に縛り付ける。 今のヒル魔に「我慢」は出来ない。 そんな状態でも時間が立てば欲情もするし自慰もする。 毛布から現れている顔が次第に赤らんで汗ばみ、呼吸が乱れて目が濁る。 「ヤらせろぉ……」 涙で顔をぐしゃぐしゃに汚し、武蔵に向って懇願する。 今迄の面影はそのままに、中身だけが壊れたヒル魔。 人前で泣いて頼むなどけしてしなかったヤツだっただけに、そんな姿を見るのは辛かった。 多少は楽になるだろうかと縄を緩めれば隙間から飛び出し、身体をくねらせ武蔵に抱きつく。 ヤりたい時にヤられないのは、ヒル魔にとっての「タブー」なのだ。 少しなりとも満足すると、隙を見て外へと逃げかける。 ヒル魔の機嫌が治るまで、同じ事を何度も繰り返す。 何度も何度も。 ヒル魔の欲求は短時間で回復し、短時間でまた不満を叫ぶ。 ヒル魔を変えるより武蔵が折れた。 機嫌を損ねさせると恐いと学習し、ヒル魔が好む事はできる限り邪魔しない事にする。
説得と懇願。そして過去ばかりを振り返る会話。 今の生活の否定と不満。武蔵の心は磨耗する事に慣れた。
「じゅっ、もっ、じとっ……、ヤり、てっ……」 片手で自分の胸をひねり、片手で自分の股間を扱き、涙を流してヒル魔は乞う。 武蔵だけでは満足出来ない。武蔵だけでは面白くない。 他のやつとヤルってのは、そんなに悪い事なのか。 そんな懇願を打ち消すために。 そんな願いを薄れさせるために。 腰を打ち付け、中を突き上げる。 ヒル魔が弱い所ばかりを攻めて、そうして泣かせて会話を封じる。 満足すれば一時は落ち着く。 3時間目の授業は潰れた。けれど4時間目と昼は乗り越えられる。 途中は道具を使って相手をして、6時間目が終わったら、部活で夜までは乗り切れるだろう。
それはあくまで武蔵の予定。 ヒル魔の体調がいつ崩れ、いつ気分を変えるのかわかったものではない。
武蔵の目を盗み、隙を見てはせまるヒル魔の襟首を掴んで引き離す。 ヤる時の合図だったろう、とある男の前でただひたすらに指を鳴らす。 授業中に突然自分を慰め始める。 誰ともヤれないのは閑だからと、ローターを仕込んで1人悶える。
時には手を上げたかった。 こんな事はほうり出したかった。 どうしてヒル魔を見捨てられないのか。 理由は武蔵にもわからなくなっていた。
学校の無い週末は、武蔵にとってはわずかな救いだ。 与えた道具で遊ばせて、合間に何度か相手をすればいい。 ドライオーガズムを覚えてからは、1人で喘ぐ事も多くなった。
喘ぐ事にも疲れたのか、横になったヒル魔から寝息が聞こえる。 眠っている時は本当に安堵する。まるで育児中の母親の気分だ、と笑えない冗談が頭に浮かぶ。 全裸のヒル魔に毛布をかけると、物音を立てないように部屋の壁によりかかった。 そばに転がる玩具を集め、ウェットティッシュで表面を拭いた。
どれだけ武蔵に要求し、脅し、抵抗し、説得しても他の誰ともセックスは許されない。 それでもヒル魔が飢えた時には武蔵が相手をしてくれる。 他の男とヤリさえしなければ武蔵がいくらでもヤらせてくれるとわかってからはヒル魔が外出を望む回数はぐんと減った。 学校さえも休みがちになった。
今のヒル魔は性欲が全て。それが満たされるためにはどこにだって行こうとする。 誰に対してでも何でもする。 セックスに繋がらないのであれば、どんな事もやる気がうせるらしい。 部活に顔も出さなくなった。 布団から出ずに1日を過ごす日も増えた。
そうしてこれから、どうなるんだろう。
考え事をしていると、ヒル魔が足下にすりよって来た。 家の外では散々我慢を強いている。ヒル魔には我慢が苦行にも等しい。 だから家では好きにさせている。体力が続く限りヒル魔に付き合い、身体を提供しセックスを繰り返すようになった。
時々、どうにでもなれと思う。 犬にさえも腰を振りかねないヒル魔の常軌を逸した行動をただ1人で補佐するにはあまりに疲れる毎日だった。 気が休まる日は1日もない。異常な行動。異常な毎日。徐々に武蔵も狂気に引きずられる。 何が正常で何が普通で何が異常かもわからなくなってきた。 校内でヒル魔に求められた時、それを見られる事が恐くなくなった。 見られた所でどうだというんだろう。 武蔵がひた隠しにしているこのヒル魔の痴態にくらべれば、関係がばれる事などどうでもイイ。
こんな生活は長く続かない。 卒業した後はどうする。 働きに出れば一体どうなる。 ヒル魔をどこかに閉じ込める事こそ不可能だろう。 こうと決めたら絶対にそうする人並み外れた行動力。 知識は軽く武蔵を凌駕する。
武蔵が長く家を空ければ。 ヒル魔のそばから離れれば。 崩壊なんて紙一重だ。
こんな生活は長く続かない。夏が終わって秋になって、冬が終われば学生ではなくなる。 終わりがもうすぐだという事を思うと最近武蔵は同じ結末しか思い付かない。 股間のヒル魔が強く吸い上げ、ため息のように武蔵は喘いだ。 「人の身体に、勝手に触るな」 「こいつは、俺のモン、だろう?」 見せつけるように口を開き、くわえている物に歯だけを立てる。
武蔵はヒル魔の髪を撫でた。 それを合図と思ったのか、ヒル魔は再び口淫を開始した。
罰が、あたったんだろうか。
ヒル魔が自分だけを見て自分だけを特別に扱い、自分ばかりを追い掛けている。 そんな生活が、今迄、本当に当たり前だった。 優越さえ忘れる程にそれは武蔵の日常だった。 ヒル魔は俺に惚れ抜いて、俺には絶対逆らえない。 それが当然だとさえ思い、その生活を楽しんでいた。
罰が、あたったんだろうか。
虚栄心とコンプレックスを嘘とハッタリと知恵で隠して 何にでも攻めの姿勢を崩さなかったヒル魔。 そいつが、ただ、自分の前だけで膝をついた。 額を床に擦り付けた。 凶悪な獣の本性が武蔵の前では大人しかった。 どれ程無体な要求をしても、飲み込み、受け入れ、耐えていたヒル魔。 それを見下ろすのは楽しかった。面白かった。
ヒル魔はどれだけ辛かったんだろう。 あれは、どれだけ我慢を強いられていたんだろう。
こうなったのは、あんな生活があったからだろうか。
頭に何かが落ちたために、再度ヒル魔が顔を上げかけた。 上から落ちてきた大粒の雫。その正体にヒル魔は気付かない。 きっちりとセットされる事も少なくなった金髪の小さな頭を武蔵は両手で押さえ付けた。 その口の中に精液を吐き出した。
怪我をした後のヒル魔に対して、武蔵が伝えられた事。 必ず1日3度食事をするという事。 いきなり小姑みたいになった、とぶつぶつ文句を言うヒル魔に、武蔵が新しく教えた最初の習慣。
満足して床の上に転がるヒル魔にまた毛布をかけてから、武蔵は食事の用意をする。 大したものは作れない。こんな生活では作るような暇も無い。 戸棚の中に詰め込んだインスタント食品の中から、二つ目を選ぶ。 手前の物には手をつけない。 使うのは、必ずその奥にある物から選ぶ。
もしも、俺に何かがあったら。 お前の面倒を、見られなくなったなら。
お前の苦痛が短いように。 お前が楽に死ねるように。
手前の食品に紛れさせた何種類もの薬物。
それだけが。 武蔵に残った最後の愛情。
やまだ
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