INDEX西部オフライン

2000年08月24日(木) ホスト後

 

その後。
ヒル魔が本当に店をやめたと聞いて荒れる阿含。
武蔵を殴って蹴って蹴って逆に武蔵も阿含を蹴って
間に入ったキッドさんは阿含に殴られますが後ろから鉄馬に羽交い締めされます。

機嫌の悪さを武蔵に全部注ぎ込む阿含。
今まで自分に対して良い感情を向けられているとは思っていなかったものの
ここまで阿含は俺が嫌いか、と今さら気がつく武蔵さん。
そんなに文句あるならヒル魔にぶつけろ。俺にぶつけるのは筋違いだって言うと。
羽交い締めされたまま阿含の足が武蔵の腹ヒット。



俺があのカスをどんだけ貶してもあいつが笑ってる理由がわかるか?



意味がわからない、と思ってる武蔵と
頭から湯気出そうな阿含の2人を
後ろからぽかりぽかりと殴るキッドさん。
二人とも今日は仕事にならないから帰ってと言われ
喧嘩するなら店から離れた所でやってと追い出されます。

阿含が武蔵に喧嘩を売り売り。
武蔵が無視して帰ろうとしてもその後ろを付いて歩いて文句言い言い。

「そんなに俺が気にくわねえのか」
「その自信たっぷりな態度が気に喰わねえんだよ」

結局。
ヒル魔にとって一番心を動かせる発言をできるのは武蔵だけ。
貶しても馬鹿にしてもそれがどれだけ大勢の前でも
ヒル魔がけろりと流していられるのは武蔵以外の言葉だから。
阿含はちょっと「性質が似ている」同士で軽口叩ける相手なだけ。
武蔵の代わりに隣には立てない。
武蔵のような存在になれない。

阿含は武蔵がとても憎い。
自分がどういうポジションにいて、どれ程ヒル魔を動かせるのか
自覚しないで無意識にやっているその1つ1つが何もかも憎い。
自覚しようとしない態度が本当に憎い。

今もそうだ。

ヒル魔がいないって事の意味がまるでわかっていない。
説明するのも腹がたつ。

一方で武蔵は。
ヒル魔に対して負い目がある。
学生の頃、一緒にいるのは楽しかった。
何をするにもばか騒ぎでそばにいるだけで満足だった。

あの頃の、あの、楽しいばかりのあのヒル魔の顔。
それを随分と見ていない。
阿含と話をしている時もキッドと話をしている時も
ヒル魔は武蔵に見せない顔をする。
気安そうで力が抜けて、武蔵といるより楽しそうだった。

俺の隣で、あんな顔はもう随分前から見ていなかった。
あいつが俺に笑ってみせたのは。どれだけ前の事だろう。



ヒル魔が楽しい場所をみつけられたんならそれで十分じゃねえか。
俺の隣にいる必要も無い。
俺が連れ戻す義務も無い。
ガオの隣で楽しそうだった。そんな顔も出来るのかと驚いてみた。
昔はそんな顔ばっかりだった事を思い出した。

だったら俺のそばに居ない方がいいんじゃねえか。




「あいつが自分で選んだ事に俺が口だしする必要ねっ………!!」

後ろから阿含が武蔵に思いきりラリアット。
道ばたにぶっ倒れる武蔵の胸元ごそごそ探って取り出す携帯。
ワンプッシュリダイヤル。


「よう、カス」
電話の相手に住所を告げて武蔵が怪我して倒れてるって言って返事も待たずにそのまま切る。
一体今日はなんだってんだ。
うつ伏せになった武蔵をつま先で転がして仰向けにすると眉をしかめたまま阿含が面白くなさそうに見下ろしている。
「てめえ、やっぱ頑丈だよなあ」
阿含の顔がようやく笑う。やっとスッキリした、と言いたげなその顔に反撃しようとして
数度脇腹をつま先で蹴られた。
痛みと反動で脇に転がり、吐き気にたまらず体を折った。
意識が薄れる直前に「だからてめえが嫌いなんだよ」と阿含の声が聞こえた気がした。


目が冷めた時、見下ろしているのはヒル魔だった。
上体を起すと顔の上から何かが落ちる。水を吸ったハンカチは見覚えのない柄。
「てめえ、阿含と何してたんだよ」
武蔵の血がにじんだそれをヒル魔が拾い、顔を拭う。
目の前にあるズボンは見覚えの無い質感。
店で見るスーツ姿と、家の中でのラフなジャージ。
そのどちらとも違う柔らかな布。

蹴られた場所がずきずきと痛む。何か言いたくても頬が腫れていておっくうだった。
口の中に血の味が広がっている。喧嘩には慣れていたはずなのに
とっさに歯をかみしめられなかったようだ。
腹や背中、体中が痛い。
ふらつきながら立ち上がり、壁に手をついて表通りへ向った。

「そんなんじゃ車止まらねえぞ」

片手を上げる武蔵の背後でヒル魔が呆れたような声を出す。
汚い路地裏を転がっっていた。自分では見えない部分が相当汚れているんだろう。
淀みなく流れる車の列からこちらに向う車は現れない。
上着の裾を後ろから強く引かれる。そのまま数歩後ろにさがった。

「上着ぐらい脱げ」

肩動かすと痛えんだよ。
道路に向い、武蔵の代わりに手を上げるヒル魔の背中に向ってそう思う。
骨に異常は無いらしいが、触るとあちこちが腫れている。
明日もこりゃあ仕事休みだな。
誰かの汚物らしいものがべっとりとついた上着を見下ろし武蔵は小さくため息をついた。
車が止まり、後部座席に座ろうとする武蔵の背中をヒル魔が蹴った。
前のめりに座席にしがみつく。一体今日はなんだというんだ。
背後でシートが沈む気配。静かに武蔵の住所を告げるヒル魔の声で車が動いた。

「俺の荷物、まだ残ってんだろ。取りに行くついでなんだよ」

窓を向いたままのヒル魔は、車が止まるまで口をそれきり開かなかった。
















鏡で顔を確認すると頬と目の上がかなり腫れている。
阿含は、手加減てもんを知らないらしい。
知っていた所であいつがそれを使うとは思えなかったが。

汚れた服を丸ごと脱ぎ捨ててベットに向う。
ヒル魔がかき集めたらしい手当ての道具が並べられていた。
ベットに腰掛け、それらを見下ろす。
どこにこんなもんがあったと目で問うとヒル魔の顔が赤くなって背けられた。
まあ、そういう事なんだろう。
今まで気にした事はなかった。

ヒル魔の足下に、中途なサイズの鞄が1つ。
それを持って行けば、ヒル魔がここに戻る事がなくなる。
何となく直感で感じた。こういう予感はたいてい当たる。

上着のポケットに両手を突っ込んだきり、ヒル魔は何もしゃべらない。
武蔵は黙って薬を身体に塗り付けた。
べた付く上にガーゼを張り付け、更にガーゼを当ててテープで止める。
寝ている間にはがれなければ良い。
ヒル魔はそばに突っ立ってるだけで何も言わない。
大体の部分に薬を塗って、手当てが終わってする事がなくてもヒル魔はそこから動かなかった。
口の中の腫れには慣れた。しゃべる事ぐらいは出来そうだった。

でも、何を。言えばいいんだ。

考えてみても何も浮かばない。
なのに言うべき事はあるような気がする。
ヒル魔の顔を見るのが嫌で、使い終わった包帯を手の中でぐるぐると転がした。
外でタクシーのクラクションが鳴った。
そういや、荷物持ってこいつはこれから出て行くんだった。

もう行くのかとヒル魔を見上げる。
苦虫を嚼んだようなヒル魔の顔が目を反らす。

「じゃあな」
「……………………」

荷物を取り上げる。
踵を返して寝室から出て行く。
一人では寝るのに十分すぎるセミダブルのベット。ヒル魔がどこからか買って来たんだった。
使わないままラックにかけられた2人分のスリッパ。いるかと思って買ったきり。
フローリングは2人の素足で汚れている。これからは汚すのも片付けるのも一人になる。
いつも視界のどこかにあったヒル魔の服がどこにも無い。

のろのろと動くヒル魔の後ろを、同じようにのろのろと歩く。
ヒル魔が玄関で靴をはく。薄汚れたスニーカーのかかとはいつも踏まれて潰れているのに今日は靴べらを使って丁寧に履こうとしていた。
上手くいかずにイライラしながらヒル魔は何度も挑戦する。
この家に靴べらなんてあったんだな。
武蔵は意味の無い事を考えた。

何か、言うべきなんだろうか。
言えば全部が終わる気がしたし、言わなければ終わらない気がした。

「…………お前、もう戻って来るなよ」

考えもしなかった言葉が溢れた。
ヒル魔の背中がびくりと揺れた。それは見事な程に大きく。

「あいつのとこ行ったら、楽になんだろ」

別れるってこんなもんなのかと考えて武蔵は小さく苦笑った。
俺達の仲は、付き合ってるなんてもんだったんだろうか。
楽になる、と言ってまた笑いが漏れた。
ヒル魔との生活が「楽じゃなかった」と 自分から認めたようなもんだ。
そう、楽じゃなかった。
何かに追いかけられているように喉の奥までいつも何かが出かかっていた。
小さな違和感がいくつか産まれて、その違和感の上にまた生活を積み重ねて来た。
触ればぐらぐらと頼り無く、不安定なだけの毎日。

息がつまった。気まずかった。
落ち着かなかった。いたたまれなかった。



どうしていいのかわからなかった。



なのにいつも一緒にいた。
それが当たり前だと思っていた。
いつまでもそばにいるはずだった。
そういうもんなんだと思っていた。

それが。
重くなった。 恐くなった。嫌になった。面倒だった。

楽になりたいと思っていた。
多分、武蔵自身が思う以上にヒル魔はそれを思っていたはずだ。
積み上がったそんな物を放置していた結果がこれだ。

「…………良かったじゃねえか」

ヒル魔がこちらを振り向いた。
ぼんやりとしたようなしまりのな表情が、ヒル魔らしくねえなと思った。
前はこんなんじゃなかったはずだ。
前はこんな顔をしていなかったはずだ。

ぼけた顔がしばらく伏せて、それからもう一度こちらを向いた。
同時に目の前に火花が飛んだ。
殴られたと分かるまでにしばらくかかる。
不意をつかれてまた口の中に苦い物が滲む。

今日は厄日だ。

「楽になれるってのはどういう事だ?」

怒りをたたえた静かな目。
久しぶりに見た、ヒル魔の顔だ。
知り合ったばっかりの頃、こいつはいつもこんな顔だった。

「俺は、やりたいことは好きなようになる。誰にも遠慮なんてしねえしつまらなかったら即効ゴミだ」

目の奥にあるヒル魔の強い意思。
その顔があまりに印象深かった。何年も前。
ヒル魔に対して武蔵が持った、それが最初の興味だった。

「義理や義務だけでつまらねえ場所にいると思うか」

言葉を返せば、今までの生活が悪く無かったという事になる。

「意味もなくぐずぐずここにいると思ったか?」

悔しそうに目元が歪み、すぐに臥せる。
まさか泣いてるんだろうか。まさか、と打ち消す武蔵の目の前でヒル魔はうつむいたまま顔を上げない。

「お前にとっちゃ、つまんなかったのかもしれねえけどよ」

静かな声。聞き逃しそうなくぐもった言葉。
しばらく無言で過ごした後、ヒル魔が靴を履き終えた。

「言葉そのまま返してやる。俺がいなくなって良かったじゃねえか」

泣いていない。
けれど力の消えてしまった目。
お前をそんな顔にしたのは、俺なんだろうか。俺のせいなんだろうか。

「つまらねえ同居人で悪かったな。これからは好きに誰でも何でも連れ込め」

ドアをあけるヒル魔の右手。行ってしまう、と思った時にはその手の上からノブをつかんでいた。
手の下で、ヒル魔の手がノブを握りしめている。
ドアを開くためのその手にぐいと力が入る。
とっさにその手を引き剥がした。

「………なんの……」

つもりだ、とヒル魔は言いたかったんだろう。
言いかけて止めた理由は行動の意味が1つしかないからだ。

止めるのか。

武蔵は自分にそう尋ねる。

止めたいのか。

それは、ただの意地ないのか。
出て行くから引き止める。その元になる感情はあるのか。

止めて、どうする。

ただ、駄々をこねる子供のように。
意味なんて無いのかもしれない。

ドアから引き離したヒル魔の片手はそのまま力を失った。
武蔵に強く握られたまま、振りほどこうとさえしない。
文句も言わない。離せとも言わない。
大人しく、されるがままで突っ立っている。

そうして、2人は黙ったまま動けなくなる。

このまま武蔵がヒル魔の手を引けば多分また同じ毎日が続くんだろう。
このままヒル魔がドアを開ければ、もう互いの道が交わる事な無い。

それは2人にとっての確信だった。




どうする、と聞きたかった。
目を見て、声に出して、お前が決めろとなすりつけたかった。

どうすりゃ、いい。

一緒に暮らす事は武蔵にとって息が詰まった。
ここから出て行けば多分お互いが楽になれる。

でも欲しかったのは「楽な事」だったんだろうか。
じゃあ、今迄の生活はずっと辛い事だったんだろうか。


数年の積み重ねが今全部終わるかと思って。
惜しくなっているだけかもしれない。
終わらせる事に臆病なだけで、明日からまた飽くのかもしれない。

今の生活を続ける事で、何か良い事があるとは思えない。
終わらせるべき理由はたくさん。続けるような理由は皆無。

なのに武蔵は手を払えない。
なのにヒル魔は手を解けない。

「あのー、どうかされましたか」

外から叩かれるドア。2人の身体がびり、と震えた。
情けない程過敏になっている。握った手の平は汗だらけだった。
外にいるのはタクシーの運転手。
ヒル魔がここから出て行くためにずっと待たせていた車。

武蔵の手の中でヒル魔は動かない。
握られた手を黙ってみている。
恐ろしい程に、静かなままで。


よれたスーツのポケットを探る。
剥き身の札が指先に触れた。
ドアをあけ、状況がわかっていない運転手の鼻先に皺のよったそれを突き出した。

「釣りはいらねえ」

返事を待たずにそのままドアを閉める。
お客さん?とドア越しにノックを繰り返す運転手。
玄関にいれば音は響く。カンに触って武蔵は内からドアを蹴った。

それきり、音は途絶えて遠ざかる。

「てめえは……………卑怯だ」
「お前だってそうだろ」

ようやく絞り出すような掠れた声。
長く黙って、嗄れた武蔵の声。

ここから出て行かない理由を武蔵に押し付けているヒル魔。
ヒル魔を引き止める理由もないままそれは嫌だと思う武蔵。


どっちも、どっちだ。

握った手は汗で不快。
そんなになるまで手をつないだ事なんて無い。
無言の空気は無責任の重さ。
こんなになるまで向かい合った事もない。

長く一緒に暮らしていて。
まだやっていない事はあるかもしれない。
もう何も無いかもしれない。

けれど。
重苦しい無言の空気。
どちらもそれを壊そうとしない。
それが、一番の答えだと2人はわかる。




2人が暮らした家のドアは。
その日はそれきり開かなかった。
























2006年10月23日書いて2007年4月17日にちょっと手直し。





>1つわかったこと
たった1人の客に誘われるだけでなびくなんて
このヒル魔まじでホストに向いて無いっていうか
ヒル魔の風上に置けないヒル魔だっていうか
やまだにはヒル魔がどう見えているのか一度テストする必要がある。

ヒル魔はそんなに使えないやつか、否か。

少なくともあれだけ才能がある方は客商売にしても
ホストより他の道を選ぶと思いました。
ホストでムサヒルはちょい失敗。



>満足したこと
阿含と武蔵の接点に飢えていたやまだとしては
二人の殴り合いを想像するだけでにやにやしました。

あと、ガオヒルがほんと好きみたいだ。



>書いていて一番多く言った言葉
あああああもう、こいつらイライラする!!!!


>注意書き
桜蘭ホスト部はこういう話ではございません。

>注意書き2
お前こんな下らない事してるんだったら風呂入れ


やまだ