INDEX西部オフライン

2000年08月18日(金) うそつき

中学生の春の休日。



天気の良い日昼。駅前の開けた小さなスペースで2人はぼんやりと栗田を待っていた。
遅くなるという電話から20分程。見慣れた巨体はまだ現れない。
春らしくもない暖かな日ざしに、武蔵は喉が渇いていた。
生憎近くにはコンビニが無い。
ファーストフードの店でとりあえずドリンクを買うが中身のほとんどは氷ばかり。
すぐに空になった紙コップ。閑である事も手伝って、中の氷を口に流しこむ。

大粒の氷を奥歯で砕く。
口の中が一気に冷えると、だいぶん心地が良くなった。

溶けた液体が喉を流れ、すぐにまた口寂しくなる。
無意識にコップを傾け、幾つ目かの氷を音高く噛み砕いた時。
ヒル魔が呆れたような声を出した。

「よく喰うな」
「あぁ?」
「氷」
「そうか?」
「今のそれで、7つ目だ」

よく、数えてんな。
冷えすぎた口内で舌が旨く回らなかった。
誰も気にしていないような事さえ、ヒル魔の注意は向けられている。
単位や量ではかれるものなど、無意識にカウントしているらしい。

「別に、数えていたわけじゃねえよ」

武蔵が目だけで感嘆を告げるとヒル魔が拗ねるようにそっぽを向く。

「音が、うるさかっただけだ」

小さな破片も飲み込むと口の中に熱が戻った。
コップの中に、もう氷は無い。完全に空になったそれを片手で握りつぶした。

「何でもそうやって数えてんのか?」
「なんとなく、だ」
「………ここに来てから、この公園の前、通ったヤツの数」
「……………」

しらねえよ、と一蹴されるかと思ったが武蔵の予想に反してヒル魔は
顎に手をあててしばらく黙った。

「ろくじゅう………ななか、はちってとこだな」
「おいおい、それ本気で言ってんのか」

手をあてたままヒル魔がこちらを伺うように見る。
ハッタリなのか、事実なのか。お前はどっちだと思う?
ヒル魔の口元が手で隠れたまま、目だけが武蔵にそう尋ねる。
笑っているのか、真面目なのか、目元だけで判断が出来ない。

「冗談だろ」

ヒル魔が顔から手を離す。笑っている口許に武蔵はやはり冗談だったと思った。
肯定も否定もせずにヒル魔は目だけで武蔵に合図する。

「てめえの、後ろにいた女。覚えてるか?」

少し前までいた、女性。胸がでかいことだけを覚えている。
詳細は告げずに武蔵は大人しくうなずいた。

「ピンクのワンピースに薄い緑のカーディガン。男が来て、あっちの大通りに向ってった」

言われてみればそんな服装だった気がする。
迎えに来たのは男だったか。そういう処は覚えていない。
ヒル魔はその後も、そばにいたらしい人物の詳細と
その後の行動をあげつらってみせた。

「ほんとに、ここにいたヤツら見てたのか」
「そう、思うか?」

ヒル魔の笑みは崩れない。ここで、ようやく冗談だったと確信する事が出来た。

「てめえが言うと、冗談に聞こえねえんだ」
「本気にしただろ?」
「………」
「ハッタリなんざ、態度次第だ」
「俺には到底真似できねえな」
「つまんねえヤツ」
「つまらなくねえよ」
「せかく老け顔のごつい仏頂面持ってんだ。鍛えりゃ、嘘がうまくなるぞ」
「ならなくていい」
「なんか、嘘ついてみろよ」
「………なんかって、なんだ」
「てめえの下手な嘘が聞いてえんだよ」

何でも良いから、言ってみろ、と。からかい半分で促すヒル魔。
栗田を待つ事に飽いてきたから、閑つぶしのつもりなんだろう。
しかし。
嘘って何言やいいんだ。

こういう時にさらりと何かが出て来るとヒル魔も思っていないだろう。
困る武蔵を楽しむつもりなのか。
憎らしい程余裕たっぷりなヒル魔を少し驚かせてやりたいが
何も頭には浮かんで来ない。

大体、こんな状態でぱっとつける嘘などあるか。
今日はこれから、雨が降るとか雪が降るとか。
そもそもの予報を知らないのだから言い様が無い。
虚言やハッタリをかますにしても土台になるような知識も無い。

何か。ないか。

こちらをにやにやと笑って眺めるヒル魔と目があい、ふと口が開いた。

「お前の」

驚いたようにヒル魔の目が少し見開く。

「お前の、背中に。」

するりと出た言葉。
ヒル魔の眉尻がきゅ、と上がった。

「ほくろがある」

言い切った武蔵はヒル魔の反応を待つ。
馬鹿にされるか。ため息をつかれるか。
呆れられるか、何を言われるか。
待つ時間は長く感じるというが、ヒル魔の反応は思ったよりも遅かった。

「………つまんね。何だそりゃ」
「急に言われても、何も出て来ねえだろ」

ヒル魔の反応が何か変だ。
何かをこらえているというか、何かを我慢しているというか。
すましたような表情が不自然に思えて武蔵はじっとヒル魔を見た。

「今日、栗田は来ねえぞ」
「何?」
「携帯ぐらい見とけ、爺」

慌ててポケットから携帯を引き抜くが、メールも着信も届いていない。

「嘘ってのはこうやってつくもんだ」

すました顔でヒル魔は言う。
いつも余裕のその顔を崩してやりたい。武蔵は反射的に口を開いた。

「そういうてめーが、俺は……」

俺は、嫌いだ。

そう言いかけて言葉が止まった。
この場合、そりゃ嘘になるから、俺はヒル魔が好きなんだろうか。

………なんだか、変だな。

じゃあ、好きだと言えば、意図は通じるか。
何となく、口に出して直接言うより陰湿で根性が悪い気になってくる。

なんだ。
何か、ひっかかる。
嫌いだとはあまり思わない。
好きかと言えばそうでもない。

そうでもない、はずだと思う。

考えていけば曖昧になる。
悪いやつじゃない。
良いヤツだともあまり思えない。

じゃあ、こいつはどっちなんだ。



ほんの短い間だろうが、ふっと武蔵は我に返った。
考えるうちに妙な間があいて、考えている内容に気恥ずかしくなる。
見事にタイミングを逃したな、と武蔵がヒル魔の様子を伺うと。
これまたおかしな顔をしていた。

「…………何、1人でニヤけてやがる」

睨んでいるような。そうでもないような。

「にやけてたか?」

様子を伺っているような、何かをためらっているような。

「………………何、言いかけた」
「忘れた」
「何か言いかけてただろ!」
「覚えてねえ」

嘘をついてみた。

「けっ、つまんえヤツ!」

何か言いたそうで。何か言おうとして。
ヒル魔は数度口を開いてそのまま武蔵に背を向けた。
追求して来るかと思った武蔵はほっと肩の力を抜いた。
栗田の姿が見えないかと、武蔵もまた改札口へと目線を向ける。

本当は覚えている。
口に出す程ハッキリはしていない。
声に出せる程強くもない。
ただ。多分。

この、憎たらしくて可愛げがなくて、
態度が悪くて嘘つきなヤツが。
俺は嫌いじゃないらしい。

嫌いだ、と。口にする事をためらう程度に。










それから間もなく栗田が現れた。
遅くなってごめんと謝る栗田に向い。
ヒル魔の罵声はいつもより少しだけ強かった。














070403


やまだ