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泥門高校の校門から校舎まで、一部に桜の並木がある。 今迄気にもしたことが無かった。
ヒル魔は窓枠にひじをつき、ぼんやりと教室から外を眺めていた。 入学した時。1年の教室は4階。桜ははるか視界の下。 教室から、壮大な計画を捻るヒル魔の目の中には入って来なかった。 そうして、すぐに。桜どころではなくなった。
去年の、春。 最後のチャンス。 季節を愛でる余裕は無かった。 2年の校舎は3階にうつり、窓枠の端にうつる薄い花びらが何故かとても気に触った。
そして、今年。 3年の春。教室は2階。 教室の外は見事な薄紅。 グラウンドなど見えもしない。
教室の中へと舞い込む風は、この季節特有の柔らかなぬくもりを持つ。 眠りに誘うような暖かな風がヒル魔の額を撫でて流れた。
「見事なもんだなあ」
背後から、武蔵ののんきな声が降る。 なすがままになっていたヒル魔の頭に積もった花びらを、声の主が拾おうとし。 不器用な指は一緒に数本の髪をつかんだ。
「痛え!」 「すまん、すまん」
悪びれもせずに指は尚もヒル魔の髪をつかんで引っ張る。 たかが薄い花びら一枚をつかむだけで、どれだけ時間がかかっているのか。 背後の男は離れもせずに、ヒル魔の髪を揺らしてかき分ける。
「うぜえ」
手の甲で、男を叩いた。 怯む事なく、作業は尚も続けられる。 足先で蹴るとひょいと避けられた。 避けるついでに余計に身体を寄せて来る図々しさ。 そんな事ができる男はただ1人だけ。
ヒル魔の頭を見下ろして、楽し気に髪をかき分ける武蔵との身長差は1センチ。 もちろん公式の記録の上でだ。
武蔵は1年の春、身体測定が始まる前に一度学校を去った。 戻って来たのは2年の秋。測定はとうに終わっている。 だから、公式の記録を出すには中学3年の数字が最新となる。 当然ヒル魔はその数字を使った。 こういう「誤差」は、むしろ積極的に利用する。
しかし、現実に武蔵はでかい。 数字の上では1センチ。実際には頭半分程の差が。 中学3年のあの頃は。ほとんど差なんてなかったはずだ。 髪を上からいじられるうちに、ヒル魔はだんだんと腹がたった。
目の前は、桜。 どれだけ目をこらしたとしてもグラウンド等見えはしない。 3年の校舎は2階。グラウンドは目の前なのに。
「触んな」 「つれねえな」 「いい気になんな」 「今日ぐらい、いいじゃねえか」
今日、ぐらい、だと?
武蔵が何気なく言った言葉が決定的にヒル魔の機嫌を逆なでした。 今日だけか?お前のそういう態度は、365日の中で、この1日だけか? いつもいつもそばにいて、偉そうな態度。知ったような口調。 お前は俺の保護者のつもりか。 何かあれば手を出してくる。近寄って来て、触り出す。 時も場所も考えず、べたべたべたべたと暑苦しい。
今日、だけか? お前が1年、毎日、俺に。どこで何をしやがっているか。 1から並べてやりゃ、わかるのか?
睨み付けて立ち上がっても、武蔵はヒル魔の変化に気が付かないらしい。 尚もヒル魔の頭に手を伸ばし、まだ残っているらしい花びらに夢中だ。
「離れろ!!」 「なんだよ、急に……」 「うぜえ!暑苦しい!」 「今日ぐらいは、我慢したっていいじゃねえかよ」 「………いつも、俺が、我慢してないとでも思ってんのか?」
腹の底から絞り出す声。口から怒りが溢れそうだ。 武蔵の反応を見るために、まっすぐ顔を睨み付けると武蔵は何か勘違いしたらしい。 しまりのない顔がさらに弛んで、腕を回して顔を寄せて来る。
「お前は、馬鹿か!!!」
残念な事に、阿呆顔を張り飛ばすための手ごろな物が何も無い。 近付く顎に両手をかけて、密着する直前でかろうじて押さえた。
「なんだ。どうした?」
きょとん、とした顔。ここに来てようやく何か気が付いたらしい。 武蔵の片手がヒル魔の肩を馴れ馴れしく抱く。 残った片手が、髪をかき混ぜた。
「イライラしてんな」 「誰のせいだ!!」
てめえのせいだろうが!と、ヒル魔は怒鳴ろうとした。 怒鳴らなかったのは、武蔵が突然目を逸らしたからだ。
教室の、外。 一面の桜。 武蔵の目線はそのさらに先。
桜の向こう。 見えないだけで、そこにあるフィールド。 もう、自分達が立つ事は無い。 願った事。目指したもの。焦がれた場所。執念にも似た、強い思い。 全部が全部、引き継がれた。
もう、そこに立つ事は無い。
「見えねえってのも、今は悪いもんじゃねえなあ」 「………そんなんじゃねえよ」
武蔵の身体から力が抜けた。なし崩し的にヒル魔の両手からも力が抜けていく。 頭半分程、上にある武蔵の顔。 中学の頃の面影のない髪型。 外は桜。 多くのものを費やした場所は、花びらにけむってよく見えない。
「練習、見てやるんだろ?」 「………」 「帰るか?」
武蔵の両手が、ヒル魔の髪をかきまぜた。 無理に立たせていた毛先が崩される。 不思議と、もう、腹は立たなかった。
「せっかくの、俺の誕生日だしな」
阿呆顔が、笑っている。 その髪の毛にも、数枚の桜。
1年の春。桜を見ている余裕はなかった。 2年の春。あの、出来事を。思いださせる季節が憎かった。
3年の春。 阿呆が頭に花びらを乗せて、目の前でにへら、と笑っている。
「阿呆か」
見出された髪に指を通し、手ぐしで軽く毛並みを整える。 馬鹿に、慰められたって事か。 本人に慰めたつもりは無いんだろう。 むしろ教室を出て行こうとするヒル魔に不服そうな目を向ける。
まあ、いいか。
武蔵に近付き、その首に腕を回す。 身長差をうめるように、伸び上がって顔を近付ける。 触れた唇が横に伸びて、武蔵が笑っているのが分った。 伸びて来る舌を舌で迎えて絡めあう。 ヒル魔の頬に伝わる、武蔵の顎髭。 額にかかる長い前髪。
夕暮れや、夜中の教室。人が来ないとわかっている場所なら いつも繰り返してきた行為。 でも、今は。 人がいないのが不思議な時間帯。偶然訪れた、無人の教室。 いつ誰が入って来るのか。いつ、あののドアが開くのか。
わからないのが、たまらなくイイ。
自然、口付けは濃厚になった。 音を立てて武蔵に吸い付き、武蔵の頬に鼻を埋める。 武蔵の首にぶらさがるように長いそれを味わってから、ヒル魔はゆっくり身体を離した。 まあ、続きは夜にしとくかと伸びてくる武蔵の手を叩く。
「こんだけか?」 「サービスしただろ」
武蔵は不機嫌そうに顔を曇らす。
「文句、あんのか?」 「いつもと、変わんねえじゃねえかよ」
武蔵の呟きが。消えたはずのヒル魔の怒りにあっというまに火を付けた。
「いつ俺がこんな事した!」 「お前からのベロチューなんざ、日常だろ!」 「なっ……」
ヒル魔の頭から、武蔵への感謝の気持ちが消え失せた。 抱き合いながら移動していたおかげで今では銃が手に届く。
春の午後のとある1日。 穏やかな日ざしの中、響き渡る乱射音。 生徒達は眠そうな目をそちらに向け、ああ、またかと納得する。
365日の中の、ほんの1日。 日常の中の非日常。
20070402
やまだ
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