INDEX西部オフライン

2000年08月17日(木) むさたん。

泥門高校の校門から校舎まで、一部に桜の並木がある。
今迄気にもしたことが無かった。

ヒル魔は窓枠にひじをつき、ぼんやりと教室から外を眺めていた。
入学した時。1年の教室は4階。桜ははるか視界の下。
教室から、壮大な計画を捻るヒル魔の目の中には入って来なかった。
そうして、すぐに。桜どころではなくなった。

去年の、春。
最後のチャンス。
季節を愛でる余裕は無かった。
2年の校舎は3階にうつり、窓枠の端にうつる薄い花びらが何故かとても気に触った。


そして、今年。
3年の春。教室は2階。
教室の外は見事な薄紅。
グラウンドなど見えもしない。

教室の中へと舞い込む風は、この季節特有の柔らかなぬくもりを持つ。
眠りに誘うような暖かな風がヒル魔の額を撫でて流れた。

「見事なもんだなあ」

背後から、武蔵ののんきな声が降る。
なすがままになっていたヒル魔の頭に積もった花びらを、声の主が拾おうとし。
不器用な指は一緒に数本の髪をつかんだ。

「痛え!」
「すまん、すまん」

悪びれもせずに指は尚もヒル魔の髪をつかんで引っ張る。
たかが薄い花びら一枚をつかむだけで、どれだけ時間がかかっているのか。
背後の男は離れもせずに、ヒル魔の髪を揺らしてかき分ける。

「うぜえ」

手の甲で、男を叩いた。
怯む事なく、作業は尚も続けられる。
足先で蹴るとひょいと避けられた。
避けるついでに余計に身体を寄せて来る図々しさ。
そんな事ができる男はただ1人だけ。

ヒル魔の頭を見下ろして、楽し気に髪をかき分ける武蔵との身長差は1センチ。
もちろん公式の記録の上でだ。

武蔵は1年の春、身体測定が始まる前に一度学校を去った。
戻って来たのは2年の秋。測定はとうに終わっている。
だから、公式の記録を出すには中学3年の数字が最新となる。
当然ヒル魔はその数字を使った。
こういう「誤差」は、むしろ積極的に利用する。

しかし、現実に武蔵はでかい。
数字の上では1センチ。実際には頭半分程の差が。
中学3年のあの頃は。ほとんど差なんてなかったはずだ。
髪を上からいじられるうちに、ヒル魔はだんだんと腹がたった。

目の前は、桜。
どれだけ目をこらしたとしてもグラウンド等見えはしない。
3年の校舎は2階。グラウンドは目の前なのに。

「触んな」
「つれねえな」
「いい気になんな」
「今日ぐらい、いいじゃねえか」

今日、ぐらい、だと?

武蔵が何気なく言った言葉が決定的にヒル魔の機嫌を逆なでした。
今日だけか?お前のそういう態度は、365日の中で、この1日だけか?
いつもいつもそばにいて、偉そうな態度。知ったような口調。
お前は俺の保護者のつもりか。
何かあれば手を出してくる。近寄って来て、触り出す。
時も場所も考えず、べたべたべたべたと暑苦しい。

今日、だけか?
お前が1年、毎日、俺に。どこで何をしやがっているか。
1から並べてやりゃ、わかるのか?

睨み付けて立ち上がっても、武蔵はヒル魔の変化に気が付かないらしい。
尚もヒル魔の頭に手を伸ばし、まだ残っているらしい花びらに夢中だ。

「離れろ!!」
「なんだよ、急に……」
「うぜえ!暑苦しい!」
「今日ぐらいは、我慢したっていいじゃねえかよ」
「………いつも、俺が、我慢してないとでも思ってんのか?」

腹の底から絞り出す声。口から怒りが溢れそうだ。
武蔵の反応を見るために、まっすぐ顔を睨み付けると武蔵は何か勘違いしたらしい。
しまりのない顔がさらに弛んで、腕を回して顔を寄せて来る。

「お前は、馬鹿か!!!」

残念な事に、阿呆顔を張り飛ばすための手ごろな物が何も無い。
近付く顎に両手をかけて、密着する直前でかろうじて押さえた。

「なんだ。どうした?」

きょとん、とした顔。ここに来てようやく何か気が付いたらしい。
武蔵の片手がヒル魔の肩を馴れ馴れしく抱く。
残った片手が、髪をかき混ぜた。

「イライラしてんな」
「誰のせいだ!!」

てめえのせいだろうが!と、ヒル魔は怒鳴ろうとした。
怒鳴らなかったのは、武蔵が突然目を逸らしたからだ。

教室の、外。
一面の桜。
武蔵の目線はそのさらに先。

桜の向こう。
見えないだけで、そこにあるフィールド。
もう、自分達が立つ事は無い。
願った事。目指したもの。焦がれた場所。執念にも似た、強い思い。
全部が全部、引き継がれた。

もう、そこに立つ事は無い。


「見えねえってのも、今は悪いもんじゃねえなあ」
「………そんなんじゃねえよ」

武蔵の身体から力が抜けた。なし崩し的にヒル魔の両手からも力が抜けていく。
頭半分程、上にある武蔵の顔。
中学の頃の面影のない髪型。
外は桜。
多くのものを費やした場所は、花びらにけむってよく見えない。

「練習、見てやるんだろ?」
「………」
「帰るか?」

武蔵の両手が、ヒル魔の髪をかきまぜた。
無理に立たせていた毛先が崩される。
不思議と、もう、腹は立たなかった。

「せっかくの、俺の誕生日だしな」

阿呆顔が、笑っている。
その髪の毛にも、数枚の桜。

1年の春。桜を見ている余裕はなかった。
2年の春。あの、出来事を。思いださせる季節が憎かった。

3年の春。
阿呆が頭に花びらを乗せて、目の前でにへら、と笑っている。

「阿呆か」

見出された髪に指を通し、手ぐしで軽く毛並みを整える。
馬鹿に、慰められたって事か。
本人に慰めたつもりは無いんだろう。
むしろ教室を出て行こうとするヒル魔に不服そうな目を向ける。

まあ、いいか。

武蔵に近付き、その首に腕を回す。
身長差をうめるように、伸び上がって顔を近付ける。
触れた唇が横に伸びて、武蔵が笑っているのが分った。
伸びて来る舌を舌で迎えて絡めあう。
ヒル魔の頬に伝わる、武蔵の顎髭。
額にかかる長い前髪。

夕暮れや、夜中の教室。人が来ないとわかっている場所なら
いつも繰り返してきた行為。
でも、今は。
人がいないのが不思議な時間帯。偶然訪れた、無人の教室。
いつ誰が入って来るのか。いつ、あののドアが開くのか。

わからないのが、たまらなくイイ。

自然、口付けは濃厚になった。
音を立てて武蔵に吸い付き、武蔵の頬に鼻を埋める。
武蔵の首にぶらさがるように長いそれを味わってから、ヒル魔はゆっくり身体を離した。
まあ、続きは夜にしとくかと伸びてくる武蔵の手を叩く。

「こんだけか?」
「サービスしただろ」

武蔵は不機嫌そうに顔を曇らす。

「文句、あんのか?」
「いつもと、変わんねえじゃねえかよ」

武蔵の呟きが。消えたはずのヒル魔の怒りにあっというまに火を付けた。

「いつ俺がこんな事した!」
「お前からのベロチューなんざ、日常だろ!」
「なっ……」

ヒル魔の頭から、武蔵への感謝の気持ちが消え失せた。
抱き合いながら移動していたおかげで今では銃が手に届く。


春の午後のとある1日。
穏やかな日ざしの中、響き渡る乱射音。
生徒達は眠そうな目をそちらに向け、ああ、またかと納得する。




365日の中の、ほんの1日。
日常の中の非日常。












20070402



やまだ