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高知に昔から伝わる祭りの一つ、泥んこ祭り。 田植えの際に五穀豊穣を願う祭りが、この地域の祭りは少しだけ形が違う。
神事によって浄められ、豊作の願いを込められたたんぼの泥を 女達が掬い取り、男達の顔に塗ってやる。 そうすることで恵みが男達にも伝わるのだと。 100年をこえる昔から伝えられて来たこの祭りの奇妙なならわしは 全国でも例が無く、毎年観光客たちも多く集まる。 地元の住民達はこぞって参加し、特に若い娘たちは祭り装束に身を固める。
白地に文字が染め抜かれた着物の袖を赤いたすきでたくしあげ。 腿までたくしあげた裾から見える白い脚が観客を賑わせる。 毎年くり返されるこの行事に参加するのも、今年で3度目。 代わり映えのない祭りの進行を覚えたヒル魔は他の少女達と共に 公民館に集められる前に森の奥へと逃げ出していた。
「ヒル魔−!どこだーー!」
この地域で子供の数は少なく、祭りの時には全員が参加する事となっている。 特に祭りの主役になれる女の子たちは、 何日も前からこの時を楽しみにしているというのに。 武蔵はため息をついてヒル魔を探した。 出たく無いとは言っていた。一度言い出すと聞かない事もよく知っている。
何と言ってなだめようかと武蔵は首をひねる。 白地に紺字が入った着物はヒル魔にとても似合うと思う。 この時だけは紅を引いて、きっといつもよりもっともっと可愛らしい。
そんな恰好なんて何度も見れる物じゃあないから、本当はヒル魔に参加して欲しいのに。 去年は踊りには参加しなかったが、祭りには顔を出して大騒ぎしていた。 たんぼに入れば白い脚が腿まで泥を跳ね上げて、それを拭いてから家にあげてやるのは武蔵の仕事だった。
今年はそれも、無理なのか……。
ため息をついた武蔵めがけてぱらぱらと木の葉が不自然に降り落ちる。
「ヒル魔!」
顔をあげると木の上から覗く、得意そうな顔。
「祭りになんて、出ないからな!」
するすると木の上から降りて来たヒル魔はそう言い捨てる。 だよ、なあ。 楽しそうなその顔に自分はとても甘い。 祭りに出るため、その腕を引いて行く事などできる訳が無い。
少し考え込むようにうつむく武蔵を盗み見てヒル魔はばれないようにくすりと笑う。 武蔵がどうしてここに来たのか。 武蔵が何を言いに来たのか。 何も言わずとも、その顔を見ればちゃんと分かる。
祭りには出ない、と口にしてもきっと武蔵は困った顔で笑うだけだろう。 だめだ、と強く言えない情けない顔さえ、想像出来る。
あんな女みたいな恰好なんてできるか、とヒル魔は思う。 可愛らしいと誉められる格好をして、紅をひかれ。 そんな恰好は全部ヒル魔に「女」であることを突き付ける。 普段目を反らしている現実。どうしようもない仕方のない事。 どれ程嫌だと言った所で、お前は所詮こうなのだと。 逃げられないものを突き付けられる。
だから、いやだ。
だから、逃げてみた。 だけど、祭りには出たい。 武蔵と一緒に出店をまわって、賑やかなあの中を走りたい。
どうしたもんかなあと首をかしげる武蔵の隣でヒル魔もまた首を捻る。 「真似するな」 「真似じゃねえぞ」 1つ分高い所の武蔵の顔を、首をかしげて見上げてふくれる。 こっちだって真剣なのだ。着物を着ずに、祭りの中で暴れたい。 真面目に策をねりながら武蔵の顔を見上げていると、その顔がにへり、としまりなく弛んだ。 いつも自分を甘やかして、嫌な事は絶対しない、この情けないバカな兄が、好きなのだと思う。
「……ばか顔」
頭の悪さが滲み出てるその顔に見とれたと思われたく無く。 とっさにそんな言葉しか口に出せない。 そらした視線の端に自分は滅多に着せてもらえない色合いのジャージが目に入り、 ヒル魔はそうだ、と思い付いた。
もう一度武蔵の姿を上から下まで眺め回し。
「祭り、行くぞ。」
ぱっ、と武蔵の表情が明るくなる。 そう、子供にとって祭りは楽しい。 毎年楽しみにしていたいままでの祭りのどれよりも今年は楽しくなりそうな そんな予感にヒル魔も笑ってみせた。
「一緒に、行くんだぞ」
「イイ事」を思い付いた時のその顔が、一番ヒル魔らしいと思う。 見ている武蔵も吊られて笑う、ヒル魔のとびきりの笑顔だった。
やまだ
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