INDEX西部オフライン

2000年07月27日(木) 女子高生3

 
ヒル魔という訳のわからな小娘がやって来たその翌日。大抵職場に1番につく武蔵が事務所に鍵を差し込んだとき、ドアの隙間から封筒が落ちた。裏表とも無記入でメモはない。中に入っていたのはキャップのないむき出しのメモリースティックが1本。
本体の脇には「武蔵工務店」と名前の入ったラベルが貼ってある。だから、届けてもらえたんだろうか。本来はUSBの差し込み口はキャップがついており、その先を武蔵はストラップをつけていた。
 
それは間違い無く普段から武蔵が使っているもので、家に置いてあるはずだった。
昨日はなんだか疲れてしまって、結局PCでの作業はしなかった。外に落ちているはずがない。

小さくなくしやすい物だから、管理は気を使っている。絶対に部屋の中にあるはずで、それがここにあるということは。

畜生、と思いドアを蹴りあげた。鉄製のドアは重い音を立てただけで武蔵のつま先に痛みだけが残る。それでむしろ頭の中がはっきりした。ヒル魔というあの小娘はこれを狙っていたわけだ。
スティックの中身はどれもが建築済みの見取り図だった。防犯上の問題から個人情報の漏えいまで。考えられる最悪の可能性は様々で、報告を聞いた武蔵の父は武蔵以上に苦虫を噛み潰した顔を返してくれた。

対処出来る事を出来るだけこなし、電話口で頭を下げる事に疲れた1日。あまりに自分のうかつさを呪いながらいつもより遅い帰宅をする武蔵を待っていたのは諸悪の根源。

「てめえっ……」
「あやまりたくてよ。安心してくれ。あんた達が思うような悪い事は起きねえか…」
「ふざけるなっ」

ヒル魔が寄り掛かっているのは武蔵の家のドア。耳元ぎりぎりを思いきり叩く。悪びれた様子のないヒル魔の身体が少しだけすくんだ。

「あんたに迷惑かかるような事はしねえ。信じてくれよ」
「……警察に突き出してやる」
「いいぜ」

睨み付ける武蔵を下から見上げるヒル魔の顔には恐れている様子は見当たらなかった。

「証拠はねえから別に今捕まっても俺は問題ねえし。それであんたの気がすむなら、な」
「お前の本当の目的はなんだ」
「××の家の、見取り図。表ざたには出来ないもんを非合法で持ってやがるんで。その処分頼まれてな。あんたん所から泥棒入るかもしれねえって連絡入った時、多分一番騒いだんじゃねえ?」

そう。電話口で今日はどれだけ怒鳴られた事か。

「で、近々お邪魔すんだけどよ。多分表ざたにはなんねえはずだけど、その前に謝っておきたいから、来た。これで全部」
「それを俺に信じろってか?」
「信じて欲しいけど、そりゃ虫の良い話だってわかるから無理にとはいわねえ」
「俺が今聞いた話を垂れ込んだらどうするつもりだ」
「証拠不十分て釈放、だな。けどあいつらに警戒されるし俺は目ぇつけられるし。あんたは面目がちょっとは回復するし。あんたに良くて俺にはあんまり良い事ねえな」
「なんで、来た」
「言ったろ。俺、あんたに惚れちゃったの」

深夜を超えた時間。明かりの少ないアパートの玄関口ではヒル魔の表情は薄暗く読み取れない。

「だからあんたがあんまり困る事は避けてえの」
「お前はそれでいいのか」
「んーー。俺の見込みではあんた、俺の事警察に突き出さない、予定」
「随分俺はお前の中で都合がいいな」
「俺が惚れた男だぜ?そんな心狭いヤツだと思わねえ」
「大した御都合だな」
「でも、多分あたってんだろ?」

見つけた時は怒りしか沸いてこなかった胸の内が、今では随分と穏やかになっている。どういう訳だか話している内に毒気は抜かれてしまった。さて、どうするかと武蔵は考える。ヒル魔の言う通り証拠は無い。警察に突き出したとしても武蔵の気がすむだけだ。

「ああ、証拠あるかもな」
「何だ」
「俺があんたにマジ惚れてる証拠」
「そんなもんいるか!」
「一番大事な事じゃねえ?」

人気が無いとはいえ家の前でだらだらとする内容の話じゃあない。かといって二度と部屋の中に入れる気はない。考えるのも面倒くさくてとにかく疲れだけが残る。武蔵の脇でヒル魔がごそごそと動いていたがとやかく言う気にもなれなかった。

「ほい、これ」

ヒル魔が武蔵の上着のポケットに何か柔らかな物を押し込んだ。

「なんだ、ゴミか」
「俺のパンツ」
「っパ!?な、お前何してんだ!」
「嘘じゃねえぜ。あんたがここで俺の事むちゃくちゃにしたって俺怒らねえし」
「するか!」
「むしろしてほしーし」
「しねえ!」
「あ、俺バージンだからお徳だぜ」
「…………もう、いい」
「分ってくれた?」
「お前、わかっててやってるだろ」
「……俺の事、ずるいって思うか?」

しゃがみ込んだ武蔵の隣にヒル魔が同じポーズで視線を合わせて来た。下着を履いていないというのにそういう所は気にしないようだ。ヒル魔の言う事を信じる訳では無いが、なんとなく目がそれた。
言っている事も気持ちもある程度までは本気かもしれない。ただ、武蔵を混乱させて何だかんだで煙に巻こうとしている意思も感じられる。
どうしたもんか……。

「お前が賢いってのはよくわかった」
「……。」
「勘弁してやるから、もう帰れ」
「どうせだから俺の事も好きになってくれよ」
「無理だ」
「なんで?」
「なんでって……」
「俺、割りと本気」
「俺にその気はねえ」
「もう二度とあんたからデータとらねえ。次に欲しいときはちゃんと言う」
「まだやるつもりなのか?」
「もうないといいけどな。あんたんとこ良いスポンサー多いからなあ」
「…………」
「そばに置いといて、様子見るってのが一番じゃねえ?」
「大したやつだな」
「勝算の無い事はしない主義」
「……………お前の、連絡先は」
「パンツに書いてある」

全部、予定の事ってわけかよ。
疲れが心底重く感じた。

「俺、帰るけど絶対連絡してくれよ」

金属の階段をカツンカツンとおりる音が遠ざかって静かになった。
ヒル魔が突っ込んだジャケットのポケットに手を突っ込むとまだ温もりが残っていた。慌てて手を引っ込めて額を押さえかけてまた戸惑う。手の置く場所に散々迷って仕方なくだらりと下げた。


これから当分、飽きないどたばたが続きそうな予感がする。予感というか、予知だろう。
巻き込まれたというか計算づくでその気にされたというべきか。
何となく自分の貞操にも危機を感じながら武蔵は静かに家の中に入った。

当分、平穏とはおさらばだ。


やまだ