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小娘は自分の事をヒル魔と名乗った。狭い部屋の中のゴミをひょいひょいと避けながら物珍しそうにあちこちを物色している。
「そのへんのもんに触るな」 「きったねえなあ。カノジョとかいねーの?」 「そろそろ目的をしゃべったらどうだ」 「俺があんたに一目惚れってはダメ?」 「俺の年を知ってるってのはどうやって説明つけるつもりだ?」
片手に携帯を握ったまま武蔵はヒル魔を睨み付けた。録音中のランプだけは指で押さえておく。
「俺、嘘は言ってねえぜ?」 「誰かになんか頼まれてるのか」 「頭悪いわけじゃねえんだ。さすが社会に出てるヤツは違うな」
まともそうに見えて、ストーカーの類いだろうか。
「ぶっちゃけるけどさ」
武蔵が仕事に使っている机にヒル魔が腰を載せた。細い足が見せつけるように組み上がった。直視しずらくなって武蔵は顔を背けた。
「俺、こういうのが仕事なわけ。適当に嘘ついて、男その気にさせて中に入ってイイトコで写真とって、脅迫のネタにさせてもらってんだよな」
武蔵にとっては常識の範疇をこえる言葉がヒル魔の口から告白される。
「今時の子供だって、なんての?ジュンジョーなヤツも多いわけ。なのにおっさんがヤリマンだろーとか手ぇ出してきて、泣き寝入りするヤツも多いわけでさ。俺、そいつらの復讐代行行やってんだよ」 「俺はそんな事される覚えがねえ」 「何日か前、あの路線で遅緩しなかった?」 「するか!」
履き捨てるように武蔵が怒鳴る。いらぬ誤解が発生しているのかと頭をがりがりと掻きむしる。
「人違いか……。逆にあんたが誰かの恨みかってるって線は?」 「なんでお前はそれをぺらぺら俺に話してるんだ」 「言ったろ?一目惚れ。俺、あの路線使って通学してるからあんたの顔だけは前から知ってたの」
だとすると。嘘をついていないというヒル魔の発言は本当らしい。
「だから、最初はがっかりしてよ。何かの間違いだったらいいなーって来たんだけどさ。ほんとに心当たり全然ない?」
武蔵は少しうつむいてここしばらくの事を振り返ってみた。そういった方面で不自由を感じた事は無い。痴漢などしようと思った事は無い。むしろ困っていた女を助けてやった事はあるがそれだって数カ月程前の話だ。心当たりが無いというより移動中の記憶などない。
「良かった」
意外な言葉に武蔵が顔をあげる。
「とりあえずあんたがソーイウコトしないってのがわかってさ。言ったろ?俺、あんたに惚れてんだ」
嘘をつく、つかないというのは大抵雰囲気が出るもんだ。ヒル魔が武蔵の返事を待たずに何かを確信できたように武蔵もまたヒル魔の言葉が嘘ではないのだとなんとなくわかった。
「じゃ、俺帰る」 「いいのか」 「一応、この仕事にプライド持ってるからよ。嘘ついて来たやつにはそれなりに『お返し』する事にしてんだ。急に変な事言って部屋入って悪かったよ」
軽やかに机から降り、ヒル魔はそのまま玄関へ向う。拍子抜けする程の態度の豹変と何も無かった事への安堵から武蔵の気が一気に弛んだ。玄関で靴を履き、出て行くヒル魔をぼんやりと見ている。緊張が解けた後のなんだか虚脱にも似た気分だった。
「あーー、一個だけ」 「あん?」 「ごめんな」 「……?」 「俺、あんたに嘘ついてんだ」 「まだなんかあんのか」
ヒル魔の手が無造作にスカートの裾をつまんでぴらりと捲り揚げた。小さな三角の布に覆われた股間があらわれる。
「パンツ履いてた」 「……っ……!!」
敢然に虚をつかれた。
「じゃ、またな」
ばたりとドアが閉まった後、武蔵は壁にもたれたままずるずると床の上に尻をついた。
「…………………なんだってんだ。一体」
この勝負も、武蔵の負け。
やまだ
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