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| 2000年07月22日(土) |
はじいち 剃刀のストック |
「ヒル魔さん、鞄の中で携帯鳴ってますけど」 「あーーん?」 いつも持ち歩くヒル魔の鞄の中につめられた無数の携帯。 その1つが先程から随分長く呼び出し音を鳴らしている。 「ほっとけ」 「でも……」 コール音は一度途切れ、それからまたすぐに鳴り出した。 緊急の用事なのかもしれない。焦るセナとは対照的にヒル魔の反応は冷ややかなままだ。 「そこの電話が鳴る予定はねえんだよ」 ためらいながらセナはヒル魔の制止を振り切り鞄の中から携帯を取り出した。 「はい、もしも……」 『ばーーーか』 「!?」 すぐに切れた携帯を持ち、セナは驚いて立ちすくむ。 「止めとけって言った意味、わかったか?」 着信履歴は非通知になっている。セナがそれを元に戻す前にまた携帯が鳴り始めた。 作業していた手元から顔を上げ、ヒル魔はセナが次にどういう行動に出るかをニヤニヤ笑いながら観察している。 「は、はい……」 『イイ気になってんじゃねえよ』 そんな台詞の後には無機質な通和音が通和音が続く。 どう反応していいのかわからずセナは無言で携帯を握りしめる。 そっと背後を盗み見ると、何があったのか把握したらしいヒル魔の視線に捕まってしまう。 「だから、言ったろ?」 セナは小さくはい、と答えた。そうだった。この人はこういう事に慣れた人だった。
ヒル魔が裏でどんな暗躍をしているのか詳しい事は何も知らないが 弱味を握られている哀れな被害者が時折こんな嫌がらせを仕掛けて来る事がある。
1年以上、ヒル魔さんのそばにいた。 いろいろな事がわかって来た。 手まねの合図は、携帯をよこせという合図。 ヒル魔の手にかかれば、「非通知通話」など意味を持たない。 いくつかのフィルターや小さな機械を接続して、あっというまに発信源を突き止める。
ヒル魔に対して「仕返し」や「逆恨み」、「嫌がらせ」などは逆効果。 むしろそんな反応はヒル魔の闘争心を煽りに煽る。 弱味を握られた被害者が現状を打開しようと必死になって取った行動は ヒル魔の手痛い締め付けが返される。
「こいつは昨日のヤツと一緒だな」 昨日、というより昨夜の話。 部室の外壁にあるデビルバッツのペイントが墨で塗りつぶされていた。 部員一堂によるバケツリレーで、汚れは簡単に流れて落ちた。 イレギュラーな作業の最中、部員の胸にあった共通の思い。
-------気の毒に。
2日連続で、セナは顔も知らない実行者に対して同情した。 ヒル魔さんの機嫌は嫋々。さぞ、恰好の「報復返し」を思い付いているんだろう。 「今回のヤツは、中々腰が座ってやがる」 泥門チームに届けられた小包や郵便物を選り分けていたヒル魔が 1つの封筒を摘まみ上げた。 「細かい所まで、よく気が回る」 嫌な予感がして、セナは注意深く封筒の中を覗き込んだ。 今どき古典的とも思える薄い刃物が数枚むき出しで封入されている。 「ヒ、ヒル魔さん……」 「問題ねえよ。おい、糞ジジィ」 部室の隅から無言で事の次第を見ていた武蔵がヒル魔の声にのっそりと動く。 その表情は苦虫を噛み潰したように重苦しい。ヒル魔が何かを遂行するために 他人の弱味を突くやり方を、武蔵は非常に嫌っているからだ。
「そういうやり方は賛成できねえ」 「俺のやり方に文句つける気か?」
不機嫌を隠さない武蔵の声をヒル魔は無視する。 鼻歌を歌いながら携帯の履歴を確認し、楽し気にそれらのデータを手帳に書き留めていた。
「良かったな。鬚剃りのストックが増えたぞ」 「………お前、なあ…。」 「これが俺のやり方なんだよ」 「だからって、お前はちょっとやり過ぎてねえか」
普段から年老いて見える武蔵の表情が一層渋る。 無ぅたりの会話はその後も続き、締めくくるためだけにヒル魔が 「少しは気をつける」と返事をする。
-------誰もヒル魔さんを止められないんだ。 その事実を諦めて受け入れるセナの中に正反対の感情がある。 -------武蔵さんでも、無理なんだ。 それが矛盾する気持ちだと理解しながらセナは息を吐く。
今はこんな具合のまま。 ここにセナが口を挟んでも、何の影響力も持たない。 でも、それは「今」の問題だ。
もっと自分達が強くなって、もっと自分に実力がついて。 ヒル魔さんがそんな事をしなくても何とかなるような力をつければ。 時間がかかるし別のやり方にはなるけれど少しはやり方が変わるかもしれない。
僕は、僕のやり方で。
色々と複雑な思いを胸に抱きながらセナは二人のやり取りを眺めた。 いつか、僕だって。 その後に続ける言葉はまだ秘めておく。
いつか。 僕だって。
やまだ
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